きみが春なら

Side.M

王子が戦に出発し数日が過ぎた。
廊下を歩いていると、曲がり角の先からハルの声がする。

「ハル様。待って下さい」
「だめ。早く早く」

いつになく楽しげな彼女は、誰かの背中を押しながら歩いている。
……何やってんだ。ペースを落とし、少し離れた位置から見守った。

「や、やっぱり恥ずかし……」
押されている誰かが振り返り、目が合った。
「わぁ!マナトさん」
「あら」
ハルも俺に気付き笑顔になった。

「見て見て。マナト」
無理矢理方向転換した彼女が、俺の前にぐいぐいと押し出したのは

「ジュリ……か?」

恥ずかしそうに俯いたのは、よく見たらジュリだった。
淡いベージュの清楚なワンピースに、毛先が巻かれた髪が一部だけ編んである。制服姿なら毎日目にしているが、一瞬誰だかわからなかった。

「いつもと随分雰囲気が違うな」
「ハル様がセットして下さったんです」
「ね?マナトも可愛いねって。」
そこまで言ってない、という言葉を空気を読んで飲み下す。

「ああ。綺麗だな」
「ほ、本当ですか」
「ほら、自信もって。いってらっしゃい」
ハルに手を振り返しながら、ジュリは廊下を駆けていった。

「何かあるのか?あんなにめかしこんで」
「好きな人に会うんですって。可愛いでしょ」
ふふふ、とハルは嬉しそうに笑う。二人はいつも一緒にいて、姉妹のように仲が良い。
「ふぅん」
「幸せになってほしいの。好きな人と一緒にいられるって……当たり前じゃないから」
ジュリが消えた廊下の先を見ながら、彼女はそう呟いた。

返す言葉が無かった。穏やかな横顔が余計に胸を締めつけた。

「読めてる?あの本」
しばしの沈黙の後そう問うとあ、とハルが俺を見る。
「それが意外と忘れちゃってて……平仮名なのになかなか進まない」
「はは。そういうもんだよな」
「時間がある時、教えてもらえる?」
「今でも良いよ。ちょうど暇だし」
「本当?ありがとう。持ってくるね」

足早に自室へ戻っていく背中。
俺たち二人の間だけで通じる話で、笑ってくれる君。

『守ってやってくれ。頼む』

雨音混じりに聞いたその声が耳鳴りのように響いている。
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