冷遇令嬢、最恐軍医に嫁ぎました~大正深愛綴り~

「紫乃さん、……眼鏡が無くて、この暗い中……今、走ってこなかったか?」
「……ふふっ。実は数日前から眼鏡が無くても見えるようになったんです」
「本当か?」
「今、走ってこれたじゃないですか」

 屋敷の間取りはすっかり頭に入っているし、元々目が悪いこともあって、廊下の幅や長さ、凹凸などは嫁いできてすぐに把握したのだ。
 それでも、夜盲症だった紫乃は、転倒防止のために壁伝いに歩いて過ごしていた。

「勇心様のお陰です。目にいいものや、栄養のあるものをたくさん食べさせようとして下さったと聞きました」
「……医師として、夫として、当然のことだ」

 長廊下の硝子窓越しに、月明かりに照らされた妻の顔は、とても美しいと勇心は思った。
 すると、廊下の奥から次々と灯が点灯する。

「若旦那様」
「タミ……、今戻った」
「お帰りなさいませ」

 夫の名を叫ぶ紫乃の声を聞いて、タミが起きてきたようだ。

「お風呂の準備をしております。待ち時間にお食事でもお召し上がりになりますか?」
「いや、食事は済ませてきた。後は自分でするから、もう下がっていい」
「……はい、承知しました。では、お先に失礼いたします」

 長旅の疲れを癒やすのも、不在の間の出来事を語らうのも、夫婦水入らずがいいと思い、タミは静かに部屋へと戻っていった。
< 73 / 85 >

この作品をシェア

pagetop