引きこもり令嬢は皇妃になんてなりたくない!~強面皇帝の溺愛が駄々漏れで困ります~5
一人になった孤独。しかし両親の死に打ちひしがれていては、魔獣に皇国の人々が蹂躙されてしまう。だから築き上げてきた最強の部隊を自身の周囲に置いて皇国のために死力を尽くし、冷酷な皇帝として彼は自分の心を置き去りにしてきた。
立ち止まったのは――エレスティアに出会った時が、初めてだった気がする。
目の前に唐突に現れた愛らしい女性は、ジルヴェストの心を凍てつかせていた氷を破り、温かな息吹を吹き込ませた。
「もう少し時間があります」
ジルヴェストは頭を軽く振り、気持ちを切り替えて提案する。
「紅茶はいかがですか?」
「いただこう」
古代王ゾルジアがゆったりと手を組む。
ジルヴェストは浮遊魔法を小さく唱え、ポットを引き寄せると、ティーカップに移し入れ、続いて火系の魔法をかける。
ティーカップの中の時間が巻き戻ったかのように、みるみるうちに湯気が立ち上る。
「彼女の前では見ない方法だな」
「エレスティアは自分の手で淹れてくれようとするのです。彼女が幼い頃に他界したオヴェール公爵夫人も、そうしてきたのでしょう。自然と魔法を使わずに自分の手でしてくれる彼女が愛おしくて。よく聞く陳腐な、魔法よりもそのほうが愛や気持ちがこもって美味しく、温かく感じる、なんていう言葉を身をもって体感しているところです」
「魔法には、再現できないことがたくさんあるからな」
ティーカップを受け取った古代王ゾルジアを、ジルヴェストは少し観察してしまう。
(意外だな。彼は――理解、されないお方だと思っていた)
魔法にせよ、手動にせよ、結果は変わらない。
気持ちだの何よりも手間がかかる、愚かだと、優れた魔法師一族たち――つまるところいいところの貴族たちは言う。
同じ熱い紅茶でも、工程が違えばそこに生まれる何かは同じようであって、別物だと古代王ゾルジアも考えるお人のようだ。ジルヴェストも最近そう考えられるようになったのだが。
「妻との時間が早めに終わってしまって残念だな。心配は無用だ、あれは――」
「あなたは優しいですね。知っていますよ、あれはつわりではなかったと感じています。周りが彼女を過敏になるほど大事にしてくれるのは嬉しいことですし」
ジルヴェストは苦笑して、答えた。
「エレスティアが恥ずかしがってしまうので、体調不良ということにしておこうと思います。彼女は時々、無性に幸せを感じて赤面することもあるのです。素直で、まだまだ初々しくて、本当にかわいい妻です」
自分の紅茶も温めなおしたジルヴェストは、飲みながらエレスティアのことを思い出して、つい惚気てしまう。
「急に赤面するのもかわいくてたまらないのです」
「そうか」
ティーカップを口元に上げたまま、古代王ゾルジアの視線がどこかへと移動する。
そこにいたのは、今やお座りしているジルヴェストの心獣だ。
「なんです?」
「――いや? とくには」
ジルヴェストは、ふと、心獣から距離を置いた場所に護衛騎士たちが近付いていることに気付いた。古代王ゾルジアはそれを見ていたのだろう。
「子が生まれるのが楽しみだな」
「はい! エレスティアには気が早すぎると言われましたが、楽しみで楽しみでっ」
話を振られたジルヴェストは、途端に疑問を忘れて古代王ゾルジアに語った。
「エレスティアに似てかわいい女の子だったら――俺に似つつも、彼女にも似た男の子だったら――」
ジルヴェストの語りは止まらなかった。
それを見守っている護衛騎士たちの目尻に、ほろりと涙が浮かぶ。
「相当嬉しいのでしょうねぇ」
「大王様の顔に『誰かに話したかったんだろうなぁ』と書いてある」
「大人だ……大人の対応だ……」
なんて、皇子時代の部隊の部下であり、今や一番近くを任せている護衛騎士たちにツッコまれているのも、ジルヴェストは気付かない。
「子は、二人はほしい。エレスティアの身体の負担になってしまうだろうから、時期を見て三人目、四人目もいい」
「なるほど」
ようやく古代王ゾルジアが相槌(あいづち)の言葉を打つ。
「案外、すぐ叶う望みかもしれないぞ」
自分語りに専念してしまっていたジルヴェストは、紅茶を飲んだタイミングだったから、しばし遅れて「はい?」と返してしまった。
古代王ゾルジアは明確にしなかった。
「そうだな。子が多ければ賑(にぎ)やかだろう」
空を見上げて、彼は話をそらすようにそう言ってきた。
「大王、今のお言葉はいったい――」
「おや、小鳥が主人を必死に探して飛んでいるな」
「は?」
思わず、ジルヴェストは護衛騎士たちと揃って、一斉に彼が見ている方角へ顔を向けていた。
後宮の上空、青い空を背景に小さくて短い翼を高速で動かし、鳴きながら飛んでいくピィちゃんの姿があった。
立ち止まったのは――エレスティアに出会った時が、初めてだった気がする。
目の前に唐突に現れた愛らしい女性は、ジルヴェストの心を凍てつかせていた氷を破り、温かな息吹を吹き込ませた。
「もう少し時間があります」
ジルヴェストは頭を軽く振り、気持ちを切り替えて提案する。
「紅茶はいかがですか?」
「いただこう」
古代王ゾルジアがゆったりと手を組む。
ジルヴェストは浮遊魔法を小さく唱え、ポットを引き寄せると、ティーカップに移し入れ、続いて火系の魔法をかける。
ティーカップの中の時間が巻き戻ったかのように、みるみるうちに湯気が立ち上る。
「彼女の前では見ない方法だな」
「エレスティアは自分の手で淹れてくれようとするのです。彼女が幼い頃に他界したオヴェール公爵夫人も、そうしてきたのでしょう。自然と魔法を使わずに自分の手でしてくれる彼女が愛おしくて。よく聞く陳腐な、魔法よりもそのほうが愛や気持ちがこもって美味しく、温かく感じる、なんていう言葉を身をもって体感しているところです」
「魔法には、再現できないことがたくさんあるからな」
ティーカップを受け取った古代王ゾルジアを、ジルヴェストは少し観察してしまう。
(意外だな。彼は――理解、されないお方だと思っていた)
魔法にせよ、手動にせよ、結果は変わらない。
気持ちだの何よりも手間がかかる、愚かだと、優れた魔法師一族たち――つまるところいいところの貴族たちは言う。
同じ熱い紅茶でも、工程が違えばそこに生まれる何かは同じようであって、別物だと古代王ゾルジアも考えるお人のようだ。ジルヴェストも最近そう考えられるようになったのだが。
「妻との時間が早めに終わってしまって残念だな。心配は無用だ、あれは――」
「あなたは優しいですね。知っていますよ、あれはつわりではなかったと感じています。周りが彼女を過敏になるほど大事にしてくれるのは嬉しいことですし」
ジルヴェストは苦笑して、答えた。
「エレスティアが恥ずかしがってしまうので、体調不良ということにしておこうと思います。彼女は時々、無性に幸せを感じて赤面することもあるのです。素直で、まだまだ初々しくて、本当にかわいい妻です」
自分の紅茶も温めなおしたジルヴェストは、飲みながらエレスティアのことを思い出して、つい惚気てしまう。
「急に赤面するのもかわいくてたまらないのです」
「そうか」
ティーカップを口元に上げたまま、古代王ゾルジアの視線がどこかへと移動する。
そこにいたのは、今やお座りしているジルヴェストの心獣だ。
「なんです?」
「――いや? とくには」
ジルヴェストは、ふと、心獣から距離を置いた場所に護衛騎士たちが近付いていることに気付いた。古代王ゾルジアはそれを見ていたのだろう。
「子が生まれるのが楽しみだな」
「はい! エレスティアには気が早すぎると言われましたが、楽しみで楽しみでっ」
話を振られたジルヴェストは、途端に疑問を忘れて古代王ゾルジアに語った。
「エレスティアに似てかわいい女の子だったら――俺に似つつも、彼女にも似た男の子だったら――」
ジルヴェストの語りは止まらなかった。
それを見守っている護衛騎士たちの目尻に、ほろりと涙が浮かぶ。
「相当嬉しいのでしょうねぇ」
「大王様の顔に『誰かに話したかったんだろうなぁ』と書いてある」
「大人だ……大人の対応だ……」
なんて、皇子時代の部隊の部下であり、今や一番近くを任せている護衛騎士たちにツッコまれているのも、ジルヴェストは気付かない。
「子は、二人はほしい。エレスティアの身体の負担になってしまうだろうから、時期を見て三人目、四人目もいい」
「なるほど」
ようやく古代王ゾルジアが相槌(あいづち)の言葉を打つ。
「案外、すぐ叶う望みかもしれないぞ」
自分語りに専念してしまっていたジルヴェストは、紅茶を飲んだタイミングだったから、しばし遅れて「はい?」と返してしまった。
古代王ゾルジアは明確にしなかった。
「そうだな。子が多ければ賑(にぎ)やかだろう」
空を見上げて、彼は話をそらすようにそう言ってきた。
「大王、今のお言葉はいったい――」
「おや、小鳥が主人を必死に探して飛んでいるな」
「は?」
思わず、ジルヴェストは護衛騎士たちと揃って、一斉に彼が見ている方角へ顔を向けていた。
後宮の上空、青い空を背景に小さくて短い翼を高速で動かし、鳴きながら飛んでいくピィちゃんの姿があった。