引きこもり令嬢は皇妃になんてなりたくない!~強面皇帝の溺愛が駄々漏れで困ります~5
「分かっている。エレスティアと我が子の安全と健康が第一だ」
分かってはいるけど抱き締めたりしてみたい……エレスティアはティーカップを置き、はぐらかすようにケーキを食べる。彼は愛情表現が不器用な殿方だったのに、みるみるうちに過剰表現になっていった。抱き締め癖でもついたのだろうか?
(ジルヴェスト様、もう『我が子だ』と言っているわ)
そこは嬉しかった。
その時、どっ、と芝生を踏む音がした。音につられてそちらを見やり、エレスティアはケーキで噎せそうになった。
そこにいたのは、ジルヴェストの大きな心獣だ。この皇国で唯一の『金色』の毛並みをしている。
彼は胸を張ってこちらを見ていた。まさかとエレスティアが思ったその直後、ジルヴェストの声が心獣の胸元あたりから駄々漏れてきた。
【抱き締めたい、膝の上に乗せたい……こんなふうに妻を満足だってさせたいのに】
(ひぇ!?)
続いて彼は言葉にならない強い想いを抱いたようで、ジルヴェストが頭の中に繰り広げたらしい脱がせて可愛がっていく、という内容が見えてエレスティアは一瞬にして赤面した。
(し、心獣さんっ、それはだめですっ)
自分が喘ぐ姿に、その頭の上の光景なんて誰にも見えていないという事実さえ頭の中から飛んで、声も出ないほどパニックになる。
するとアインスが、ハッとしてエレスティアを見た。
「つわりですかっ? ジルヴェスト様、エレスティア様との休憩は終わりです」
「えっ、なぜだ!?」
ジルヴェストがパッと顔を上げる。
「こんな声も出ないほど顔も真っ赤なのですよっ」
「お前、だんだんとお母さんみたいになっていないか――」
「警備兵!」
アインスが呼ぶ。
すぐさま後宮の警備兵が現れ、アインスに指示を受けた彼らが「待機させていましたっ」と告げて、担架を見せる。
「それではジルヴェスト様、また夜にお会いしましょう」
「おい、待て」
「外出のご公務、がんばってください」
アインスを先頭に、エレスティアを乗せた担架を警備兵たちが急ぎ運び出す。
「妻との心の癒やしの時間がーっ」
後ろから夫の嘆きの声が聞こえてきたものの、エレスティアは心の中でごめんなさいと詫(わ)びて黙っていた。
赤面を、体調不良だと勘違いされたのも恥ずかしい。
心の声が聞こえているし、たまに強烈な想いだと映像が見えるだなんてジルヴェストに打ち明けられないので、理由だって説明できないのだ。
◇◇◇
慌ただしく去っていったエレスティアとアインスたちの姿が、あっという間に見えなくなって、ジルヴェストは行き場のない手をがっくりと落とした。
「あいつ……やはりだんだんと母親のようになっている……」
自分と、そして〝皇帝を支える〟ということの他に関心がなかった男としては、かなりの成長と言える。一番の友人のそんな変化は、嬉しい。
以前アインスが、ジルヴェストが本心を徐々に見せられていっていることが嬉しい、と言ってくれた気持ちと同じだ。
彼が支えてくれたから、ジルヴェストだって自棄(やけ)にならず皇帝としてやってこられた。
「相変わらず周囲が落ち着かない様子だな」
その声に、はっとしてジルヴェストは顔を上げた。
「大王」
目にした瞬間、思わず呼んだ。実体を持っている心獣とも違う、幽霊みたいにふわりと現れたのに、次の瞬間には肉体の重みをもってエレスティアがいた椅子に腰かけた古代王ゾルジアは、見るたび不思議な存在だと思ってしまう。
同時に、ほっとしている自分にもジルヴェストは気付いていた。
普段見かける横顔は冷静沈着、アインス以上に何を考えているのか分からない『無』といった様子の表情なのに、目が合うと、柔らかく、小さく微笑みかけてくれるからだろうか。
(いや、違う)
答えには気付いている。
でも恥ずかしくて、ジルヴェストは気付かないふりをして苦笑を返す。
「初めての子ですから、周囲が敏感になるのも仕方ありません」
「そうだな。それだけそなたらは愛されているのだろう」
「――だと、いいのですけれど」
そこは、なんとも答えられない。
反対者さえも懐柔し、誰からも尊敬され、支持を受けていた両親は前触れもなくいなくなってしまった。
ジルヴェストは、彼ならではの政治をする他なかった。
魔獣から国民を守るため、他国から国を守るため、悪い貴族からいい貴族を守るため――あらゆる策を尽くし、戦い、ただひたすら走り続けてきた。
自分のことを顧みる暇も惜しんだ。
皇帝には誰も助言などできず、道を示してもくれない。
分かってはいるけど抱き締めたりしてみたい……エレスティアはティーカップを置き、はぐらかすようにケーキを食べる。彼は愛情表現が不器用な殿方だったのに、みるみるうちに過剰表現になっていった。抱き締め癖でもついたのだろうか?
(ジルヴェスト様、もう『我が子だ』と言っているわ)
そこは嬉しかった。
その時、どっ、と芝生を踏む音がした。音につられてそちらを見やり、エレスティアはケーキで噎せそうになった。
そこにいたのは、ジルヴェストの大きな心獣だ。この皇国で唯一の『金色』の毛並みをしている。
彼は胸を張ってこちらを見ていた。まさかとエレスティアが思ったその直後、ジルヴェストの声が心獣の胸元あたりから駄々漏れてきた。
【抱き締めたい、膝の上に乗せたい……こんなふうに妻を満足だってさせたいのに】
(ひぇ!?)
続いて彼は言葉にならない強い想いを抱いたようで、ジルヴェストが頭の中に繰り広げたらしい脱がせて可愛がっていく、という内容が見えてエレスティアは一瞬にして赤面した。
(し、心獣さんっ、それはだめですっ)
自分が喘ぐ姿に、その頭の上の光景なんて誰にも見えていないという事実さえ頭の中から飛んで、声も出ないほどパニックになる。
するとアインスが、ハッとしてエレスティアを見た。
「つわりですかっ? ジルヴェスト様、エレスティア様との休憩は終わりです」
「えっ、なぜだ!?」
ジルヴェストがパッと顔を上げる。
「こんな声も出ないほど顔も真っ赤なのですよっ」
「お前、だんだんとお母さんみたいになっていないか――」
「警備兵!」
アインスが呼ぶ。
すぐさま後宮の警備兵が現れ、アインスに指示を受けた彼らが「待機させていましたっ」と告げて、担架を見せる。
「それではジルヴェスト様、また夜にお会いしましょう」
「おい、待て」
「外出のご公務、がんばってください」
アインスを先頭に、エレスティアを乗せた担架を警備兵たちが急ぎ運び出す。
「妻との心の癒やしの時間がーっ」
後ろから夫の嘆きの声が聞こえてきたものの、エレスティアは心の中でごめんなさいと詫(わ)びて黙っていた。
赤面を、体調不良だと勘違いされたのも恥ずかしい。
心の声が聞こえているし、たまに強烈な想いだと映像が見えるだなんてジルヴェストに打ち明けられないので、理由だって説明できないのだ。
◇◇◇
慌ただしく去っていったエレスティアとアインスたちの姿が、あっという間に見えなくなって、ジルヴェストは行き場のない手をがっくりと落とした。
「あいつ……やはりだんだんと母親のようになっている……」
自分と、そして〝皇帝を支える〟ということの他に関心がなかった男としては、かなりの成長と言える。一番の友人のそんな変化は、嬉しい。
以前アインスが、ジルヴェストが本心を徐々に見せられていっていることが嬉しい、と言ってくれた気持ちと同じだ。
彼が支えてくれたから、ジルヴェストだって自棄(やけ)にならず皇帝としてやってこられた。
「相変わらず周囲が落ち着かない様子だな」
その声に、はっとしてジルヴェストは顔を上げた。
「大王」
目にした瞬間、思わず呼んだ。実体を持っている心獣とも違う、幽霊みたいにふわりと現れたのに、次の瞬間には肉体の重みをもってエレスティアがいた椅子に腰かけた古代王ゾルジアは、見るたび不思議な存在だと思ってしまう。
同時に、ほっとしている自分にもジルヴェストは気付いていた。
普段見かける横顔は冷静沈着、アインス以上に何を考えているのか分からない『無』といった様子の表情なのに、目が合うと、柔らかく、小さく微笑みかけてくれるからだろうか。
(いや、違う)
答えには気付いている。
でも恥ずかしくて、ジルヴェストは気付かないふりをして苦笑を返す。
「初めての子ですから、周囲が敏感になるのも仕方ありません」
「そうだな。それだけそなたらは愛されているのだろう」
「――だと、いいのですけれど」
そこは、なんとも答えられない。
反対者さえも懐柔し、誰からも尊敬され、支持を受けていた両親は前触れもなくいなくなってしまった。
ジルヴェストは、彼ならではの政治をする他なかった。
魔獣から国民を守るため、他国から国を守るため、悪い貴族からいい貴族を守るため――あらゆる策を尽くし、戦い、ただひたすら走り続けてきた。
自分のことを顧みる暇も惜しんだ。
皇帝には誰も助言などできず、道を示してもくれない。