引きこもり令嬢は皇妃になんてなりたくない!~強面皇帝の溺愛が駄々漏れで困ります~4
 ジルヴェストはエレスティアの評判が悪くならないよう、毎晩一緒に眠ることを提案してくれた。際どい夫婦用のナイトドレスなどを早々に撤去してくれたのだ。
(ジルヴェスト様)
 心の中で名を唱え、胸が熱くなった。
「二度目の初夜だなんて、皇帝陛下は深く皇妃様を愛しておられますわね」
「はい」
 ジルヴェストは、ヴェールを自らの手で外したあの夜からずっと、エレスティアのことを考えてくれている。
「素敵に仕上がりましたわ」
 深い感動を覚えていたエレスティアは、侍女の声に姿見の己を目に収める。
 何度鏡を見ても子供っぽいと思っていたのに、そこに映っているのは、これから初夜を迎えるにふさわしい女性の姿だった。
 なんとも妖艶、ではないだろうか。
 エレスティアはこの姿をジルヴェストに見られることに、緊張した。
 このまま行くんですかと言ってしまいたくなったが、今夜がどんな日なのか考えると、特別でいいのだと思えた。
 それにどうせ――彼にすべて、見せることになるのだ。
「まいりましょう、皇妃」
 護衛騎士たちに会わないように消灯された後宮の通路を進んで、寝室へと向かう。
「不思議……」
 魔法で、床の上に星の海のように小さな明かりがぽつぽつと灯されている。
 これもジルヴェストの手配なのだろうか。毎日寝起きしている寝所が、今夜はいっそう特別に見えた。
「見るのは初めてでございますか? 皇帝陛下は器用なお方ゆえ、異国の魔法をご自身でアレンジして再現されます。床に魔力の欠片を入れるとか」
 時間が経つごとに魔力は消耗し、そうして明かりは消えるという。
 その頃には、二人とも疲れて眠ってしまっている頃だろう。
 美しく光る床に気を取られて、緊張を忘れる。
 その間にもエレスティアは侍女たちに手を引かれ、気づいた時にはベッドにたどり着いていた。
「皇帝陛下の訪れをお待ちください」
「はい」
 あの時と同じく、ベッドに上がることを手伝われて中央に腰かける。
 でも、あの日とは気持ちが違う。
(満足していただけるかしら)
 エレスティアは、甘く上品な香りのついた髪を手で撫でる。
 夫婦の寝香水として、妻が使う香りだとも教えられた。
「あら?」
 しばらくした頃、かたりと物音がして背筋が伸びる。しかし視線を移すと、入り口からのっそりと入ってきたのは、皇帝の心獣だ。
 狼の姿をした心獣。その中で唯一、美しい金色の毛並みを持つ最も大きな心獣だ。
 心獣は主人の魔力を預かる貯蔵庫。
 その魔力が大きいほどに、彼らの体も大きくなる。
「てっきりピィちゃんのそばにいるかと思っていたわ。ふふ、まるであの日のようね」
 ジルヴェストの心獣は真っすぐベッドまでやって来ると、そばに腰を下ろし、頭をすり寄せてきた。
「あなた、すっかり懐っこくなったわね」
 それも主人に似たのだろうか。そして、今夜はどこか上機嫌にも見える。
「あっ、そうだわ、それなら先に見てもらいましょう。不安に思うかもしれないから来てくれたのよね?」
 心獣は主人を守るためだけの守護獣。人間のような意思疎通はしない不思議な存在だといわれていたが、それにはあてはまらないピィちゃんの件もあって、エレスティアはいまだその性質をうまくのみ込めないでいる。
 すると、心獣がこくんとうなずく。
「やっぱりそうだったのね! ありがとうっ」
 頭を撫でると――心獣の喉が鳴っている。
(……やっぱり猫っぽい?)
 いや、そんなことより今は、衣装だ。
「ジルヴェスト様が来てしまう前に確認したいの。これ、どうかしら? ご用意されていたから、彼の好みのものではあると思うのだけれど……私、着こなせているかしら?」
 それが一番重要だ。変に見えないかどうか、エレスティアは下着の締めつけもない胸元に両手を添え「どう?」と心獣に確認してみる。
「ふーん?」
 初めて声を出して心獣が首をかしげる。
「まぁっ、あなた、そんな声も出るのね。あ、もしかして人が着る服のことはあまりわからなかったりするのかしら?」
 心獣が、今度は反対側に首をかしげた。
 どうしてそんなことを尋ねるのか、と彼の後ろでぱったんぱったんと小さく振られたもふもふの尻尾が、語っている気がする。
「えっと、ジルヴェスト様って二十八歳でしょう? それに対して私が幼すぎないかしらと気になってしまって……アイリーシャ様のボリュームと比べると、少し足りない気がするし」
 エレスティアは、ビスチェもない胸を左右から持ち上げる。
 心獣は頭に疑問符を浮かべたみたいな表情をした。形の些細な変化が気になるのか、と問われている気もしてくる。
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