引きこもり令嬢は皇妃になんてなりたくない!~強面皇帝の溺愛が駄々漏れで困ります~4
 まさに今、目の前には古代王ゾルジア本人がいる。
 それ自体なんともおかしな状況だが、エレスティアでさえよくわからないのだ。
「最強の護衛みたいなものじゃないか……」
 ビバリズがそんなことを言った。
「ぴっ」
 沈黙がしばし続いたので暇になったのか、ひらりとエレスティアの肩にとまって間もなく、ピィちゃんが古代王ゾルジアの頭の上に移動した。
 エレスティアはそこを見上げて、和んだ。
「あらあら、最近はすっかりお気に入りの場所ね」
「ぴぴ!」
「エレスティアの邪魔になるのなら、少し散策させてくるが」
 古代王ゾルジアが腕を組み、頭上へと視線を向ける。
 途端にカーターたちが緊張感をなくした。
「君たちも帰国まで大変だっただろうね……」
「わかってくださるとありがたいですわ。護衛の皆様も、嫌でも慣れてしまった感じですのよ」
「害がないのは確かですよ。この鳥のことも見てくださいますし」
 子育てか。
 アイリーシャに続いて、アインスからの報告に、カーターたちのほうにそんな空気が広がったのをエレスティアは感じた。
 緊張感がなくなったのを察知したジルヴェストが「とにかく」と言った。
「害はない。彼女の心獣ともうまくやっている。心獣が座学の邪魔になるようなら、彼に頼むといい」
「ゾルジア大王に頼むなんて恐れ多すぎるんですけど……」
 支部員の男性が、ぽろりとそうこぼしていた。

 それから一週間はあっという間に過ぎた。
 エレスティアは、皇妃として皇帝と共にこなす公務はまだ数える程度の身だが、皇妃単体として忙しく動き回る。
 カーターたちのところで座学を受けている時間はまるでなかった。
 初の国外公務で魔獣を殲滅したことが話題になっており、国内の貴族たちから謁見の申し込みだけでなく各地から視察を望む申し出も殺到したのだ。その対応として、帰国後の外回りの公務も宰相たちがいくつか入れたほどだ。
 他国からの連絡も続いて、その対応にも追われた。
 皇国の皇妃として認められつつある傾向だ。喜ぶべき変化だと思うものの、なんとも忙しい。
 ジルヴェストとの公務や、休日に行われた帰国祝いのパーティー。
 そんな週末のイベントもこなし、ほっとして次の日程に臨んだ時にはすでに翌週の半ばを迎えていて、エレスティアは驚いたものだ。
 近隣国から『これからも仲よくしてほしい』と魔法使いを伴っての使節団が訪れたせいでもあるだろう。
 とにかく、国内だけでなく外国との連絡と対応にも追われた。
 とはいえ他国の王家からの挨拶状などの返事は、簡単なものだ。
 ジルヴェストもエレスティアに一任してくれた。外交においてとくに注意を必要とするような問題のある国はなかったことも理由だろう。
 エレスティアとしても、そもそも彼らの目的が『皇妃エレスティア』だったこともあり、自ら対応したほうが早いだろうという考えもあって、ジルヴェストに、任せてほしいと就寝時間に提案していた。
 側近たちは、外交に関わることになった場合を想定し、いつでもエレスティアを手伝う準備はできていたらしい。しかし彼女は外交に慣れていたため、彼らに頼ることはなかった。
 実家のオヴェール公爵家は重要な外交においての交渉も任されている。
 そのため、血筋もあるのだろうと側近たちも納得していた。驚いていた宰相に、エレスティアも『皆さんの指導のたまもの』だと言って、はぐらかした。
 ――だが、それは違う。エレスティアはただ自身の経験を生かしているだけなのだ。
「前世の経験があるからな」

 その夜、エレスティアは久しぶりに日暮れ前に湯浴みを行った。
 ジルヴェストに、あまりにも働きすぎだと指摘されて暇をもらったのだ。
 侍女たちは疲れが残らないよう、丁寧にマッサージまでしてくれた。
 心地よい気分で寝室へと入り、暑いと感じてバルコニーに出たところで、上からふわりと降り立ったのは古代王ゾルジアだ。
「いらしていたのですか?」
「そろそろ来る頃合いだと思ってな。外でこの時代の月を観賞していた。心獣というのは実に興味深いな、二頭が忠実にも屋根の上から見守っていた」
 エレスティアはふふっと笑う。
「そこに便乗した形なのですね」
「まぁ、そうだな。彼らは見ていて飽きない」
 ジルヴェストの心獣も、古代王ゾルジアには懐いているようであった。
 彼らが揃って宮殿の屋根にいるのをたびたび見かけている。
「皆、君の外交手腕に驚いているようだな」
 古代王ゾルジアが隣に並んだ。エレスティアは、彼の背中でまとめられた自分と同じハニーピンクの髪が風に揺れるのを見やり、それから共に月を眺める。
 彼が自分の攻撃魔法となった日から、たびたびこのように並び立って夜の風景を眺めている気がする。
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