引きこもり令嬢は皇妃になんてなりたくない!~強面皇帝の溺愛が駄々漏れで困ります~4
「違いますっ、執務は私が望んでしていることです。先程のジルヴェスト様と同じ理由です、あなたの笑顔を見るために、私はがんばりたいと思って、無理を言って皆様に私ができることはないかと、あっ」
 つい、言ってしまった。
 ジルヴェストの声がやんだのに気づき、エレスティアもハタと言葉を止めた。
 ジルヴェストの負担を減らしたくて、側近たちに何かできることをさせてほしいとねだった。だって、特別な初夜にすべく彼ががんばっているのだと思ったら、愛おしくて、何かもっとできないかと――。
 そんな胸の内を明かしてしまったエレスティアは、そろりと見つめ返す。
 そこにはエレスティアと同じくらい頬を染めているジルヴェストの姿があった。
『……つ、つまり俺のため……健気にこっそり努力していたとか、なんて愛らしいんだ……』
 ジルヴェストの耳がじわーっと赤く染まっていく。
 彼は『冷酷な皇帝』と名高く、恐れられている。
(それなのに――)
 たった一人だけに対して、彼はそんな表情を浮かべる。
 エレスティアもまた同じくらい赤面してしまっていたと思う。顔が熱かった。
 冷酷な皇帝。ジルヴェストはそう呼ばれるにふさわしい、怖さと同時に美しさでも圧倒する王だった。
『たとえ怖いお方でも、見つめてもらえるなら妻になりたい』と、彼との結婚を望む令嬢が大勢いるほどの美貌だ。
 その端正な顔に、二人でいる時ジルヴェストははにかむ表情も浮かべた。
 エレスティアは彼の、どこか子供みたいに甘えてくる眼差しも見てきた。
(私、とても素敵な人に出会えたわ)
 こんな恋なんて、されたことも、したことも初めてだ。
「すまなかった、俺の赤面が君に移ってしまったみたいだな」
 気づいたジルヴェストが、気まずそうに頬をかき、回廊の外へと視線を逃がす。
 まさにその通りだったのでエレスティアも気まずかった。
「その、君に喜んでもらえるだけで軽率に喜んでしまうというか……俺は、君にとても恋をしているから」
 すでに周知の事実だから平然と口にしたのだろう。彼が本音をそのまま口にする際には、彼の心獣から心の声は聞こえない。
「そ、そうですか」
「ああ、そういうことだ」
 とはいえエレスティアは恥ずかしくて、真っ赤になった顔を伏せてしまった。

 ジルヴェストが休憩できる時間はとても短かった。次の予定があると二人の側近が呼びにきて、彼は残念そうに回廊を去っていく。入れ替わるようにして護衛騎士のアインスがやって来ると、ジルヴェストを見送るエレスティアのそばについた。
「ご成婚されたのに、まるで今から婚姻の儀をされるみたいな。ほんと愛情深いですわよねぇ」
 アインスに続き、当然という顔でエレスティアのそばについたアイリーシャがつぶやく。彼女の言葉には、あきれが滲(にじ)んでいた。
「あの皇帝陛下が、あんなに変わるとは思っていなかったですわ」
 彼女は部下目線で言葉を続けたが、エレスティアはどきまぎしてうまく頭に入ってこなかった。
 まるで今から婚姻の儀をされるみたいな、という彼女の印象は、正しい。
 エレスティアが第一側室として後宮入りした際、ジルヴェストが毎日寝所に入っていたことから、誰もが側室としての義務を毎晩果たしているものだと考えていたらしい。
 つまりは、エレスティアは寵愛を受けている、と。
 当時エレスティアは、魔力が最弱の引きこもり令嬢だと噂されていたが、皇帝を夢中にさせているのだから露骨に文句は言えないと、魔力量で人の価値を決める風潮の強い宮殿内でも無事でいられた。
 しかしながら、今だって二人は清い関係だ。
「女性に興味がないどころか、嫌いなのかと思っていましたわ」
 そんなアイリーシャの言葉に、アインスが「ん?」と反応する。
「嫌いというか、苦手なのがあなた――」
「ア、アイリーシャ様っ、たった一日で急に風景が変わったことに感動しますよね!?」
 アインスの言葉を慌ててかき消す。すると、振り返ったアイリーシャがエレスティアと目が合うなり、くすくすと笑った。
「魔法を見る機会が少なかったエレスティア様らしい感想ですわね。今日から本格的に、飾りつけから舞台の設置から、大掛かりですわよ」
「舞台?」
「町中で演劇が見られますのよ。各地の領主が、援助するよう皇帝命令も出ています」
 咄嗟に口元を隠すようにして固まってしまったエレスティアの手を、アインスがそっと下げさせながら言う。
「彼らにとって有益な出資になりますので、ご心配なく。領地が潤えば、それなりに財として返ってきますし、自然災害や先日までの魔獣被害への対応の遅れを非難されていた一部の領主たちも、名誉挽回できる機会に感謝しているようです」
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