意地悪な副社長に狂うほど愛される

嫉妬

「こんなにたくさん!?」

奈々子先生の驚いた顔に思わず顔がほころんだ。
彼女はここの施設長。
ここは私が育った場所。
児童養護施設だ。

「毎月、こんなに大丈夫!?」
「本社に異動して社割で買えるようになったので」

そう言って私はMIDO のロゴが大きく印刷されている段ボールを車の後部座席から取った。
中にはレトルト食品やお菓子がぎっしり詰まっている。

「先生、米もあります」

後ろから声がして奈々子先生が振り向く。

「重っ……!」

車のトランクから大きな米袋を抱えて出てきたのは、山本啓太(24)だ。

「啓太、それ5キロでしょ。大げさ」
「2袋だよ!? 普通に重い」

そう言いながら、彼は玄関に向かった。
子供たちが出てきて啓太を手伝う。

「まさか、啓太くんに会えるとは」
「あのお米は啓太が」
「嬉しいわ! これでしばらく食事の心配はなしね」

他にも洗剤や消耗品を施設の中へ運んだ。
子供たちが手伝ってくれて、2往復で済んだ。

「ありがとう、本当に助かるわ。最近は子どもも増えてね」

その言葉を聞きながら、私は部屋の奥を見た。
大小さまざまな机。
壁に貼られたプリント。
古い本棚。
昔とほとんど変わっていない。

ここで私は宿題をして、ここでお菓子を分けてもらって、ここで――

「懐かしい?」

横から啓太が小さく聞いた。

「まあね」
「奈々子せんせー!」

小さな女の子に呼ばれ先生がいなくなり、私は啓太と2人になった。

「あゆ美、ずっとこんなことしてたのか?」
「うん」
「偉いな」
「偉くないよ」
「だって毎月だろ?」
「え?」
「さっき、奈々子先生が言ってた」
「給料日の週末、毎月こんなにたくさん」
「今日は啓太がほとんど出したじゃない。お米なんてあんなにたくさん買えないよ」
「働き始めて7年ずっとだろ? すごいよ、そんなこと出来ない。子供たちの為に」
「違うんだよ、子供たちの為じゃないの。自分の為」
「自分の為?」
「うん、私の実家みたいなものだから」
「あゆ美……」
「実家がなくなったら、私の帰る場所が無くなっちゃうでしょ」

この施設は少し前から経営難だった。
私がいた頃に自治体からの援助が打ち切られ、卒業生と地域の寄付でなんとか保っていた。
子どもたちの笑い声が廊下の奥から聞こえてくる。
誰かが走っているらしく、床がどたどたと鳴っていた。
その音を聞くだけで、胸の奥が少し温かくなる。

「……そうか」

啓太はそれ以上、何も言わなかった。

「啓太さん! ちょっと聞きたいことあるんだけど!」

高校生の男の子が遠慮気味に私たちの顔を交互に見て来たので私は啓太に頷いた。

「おお、なんだ?」
「啓太さんって大学の時――」

ドアが閉まって1人になる。
私は小窓から啓太の横顔を見つめた。

私は生まれてすぐにここに預けられた。
途中から入った啓太と出会ったのは小学生の時だ。
私たちは同い年だったので、すぐに仲良くなった。
啓太が中学2年生の時に別れが来た。
彼に里親が見つかったのだ。
その時、私は喜ぶべきなのに素直に喜べなかった。

啓太は選ばれた――
私は選ばれなかった――

そんな彼と再会したのは22歳の時だった。
御堂ツーリストで社員として働けるようになり、新人研修を受けるように言われた。
タイミングがたまたま自分と同年代。
新卒で入社した人たちだった。
私はアルバイトから社員登用で新卒とは違う扱いだった。
内定式も入社式も新卒の飲み会も新卒旅行にも参加していない。
だから研修では1番後ろの端にいた。

「あゆ美?」

そこに声をかけてきたのが啓太だったのだ。
少し癖のある黒髪。
笑うと目尻が下がる顔。
それは変わらっていなかった。
でも子供の頃よりずっと背が高くて、スーツも似合っていた。

「……啓太?」

啓太はぱっと顔を明るくした。

「やっぱりあゆ美だ!」
「うそ……なんで?」
「それこっちのセリフだよ」

笑いながら近づいてきた。
啓太は新卒の中でリーダー的な存在で人気者だった。
その後の研修では啓太のおかげで何人かの新卒の女の子と仲良くなることが出来た。

「やっぱり啓太の周りにはいつも人が集まる」

小窓から私の視線に気がついた啓太が私に手を振ってきた。
私もそれに笑顔で振り返した。
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