意地悪な副社長に狂うほど愛される
8年前。

俺はまだグループの末端の会社である御堂ツーリストで働いていた。
大手の旅行会社にやられて、うちの事業の中でも赤字を出している事業だった。
残っているのは俺の曽祖父がここから会社を始めたからだった。

新入社員で、企業PRのために曽祖父の母校へ赴いた。
俺には縁もゆかりもない。

「また今年も行くのか」

先輩社員が辟易したように言っていた。
高校生相手のPRイベントなど、誰も乗り気にはなれない。
俺も同じだった。

旅行会社の仕事について、御堂グループの起源について、淡々と話す俺の話を高校生が聞いていないのは一目瞭然だった。

1人を抜かして――

その女子生徒は真剣な表情で懸命にノートを取っていた。
時折、頷いたり、難しい顔をしたり、スクリーンを見ながら。
真面目な子もいるのだな、というだけの印象だった。

「御堂さんって御堂グループの社長とかの親戚ですか?」

質問タイムで予想通りの質問が生徒から来た。
俺は用意していた言葉をそのまま口から出した。

御堂グループ。
今でこそ、日本でその影響力は計り知れないものがある。
それは曽祖父、祖父、父がそれぞれ事業を大きくしてきたからだ。
俺は次男。
どうせグループを継ぐのは兄。
俺はこの旅行会社で適当に1年程、現場を経験した後、適当な子会社で社長をすることになるのだろう。

「兄を手伝え」

何かというと、そう父にも母にも言われていた。
期待されていない次男。
それが俺だった。

質問タイムが終わり、イベントは終了。
片付けが始まった。

「それ、持って行くの? 重いから俺が持つよ」

プロジェクターのケースを抱えようとしていた女子生徒に俺は声をかけた。
重そうにしていたから、という単純な話ではなかった気がする。
彼女があの一生懸命に聞いていた子だったので少し気になったのだ。

「大丈夫です。私、力持ちなんで」

その言葉に笑った。
仕方がないのでケースを奪うようにひょいっと持ち上げると、彼女も仕方ないといった様子で軽い方の荷物を抱えた。
廊下を並んで歩く。
沈黙が続いた。
気まずそうにしているわけでもなく、かといって話しかけてくるわけでもない。
他の人間なら、媚びるような言葉を投げてくる場面だ。
俺の顔のことか、家のことか、そういう話を。
しかしこの子は、ただ黙って歩いていた。

「あの!」

突然、声がして立ち止まった。

「何?」

見ると、彼女は話していいものか躊躇している様子に見えた。
俺は彼女の言葉を黙って待った。

「私、御堂ツーリストさんのユーチューブ限定広告、好きです」
「え?」

俺は一瞬、何を言っているのか理解できなかった。

「すみません。突然。でも私、あの広告大好きで印象にあって! だから今日、話を聞くのが楽しみで」

彼女が早口で一気に言っているのを俺は呆然と見ていた。

「それで! その……あの広告見て、私も旅行したいって思いました!」

あの広告の話をされるとは、思っていなかった。
あれは俺が作った広告だった。

配属されたのがこの旅行会社で、俺は期待されていないことを悟り、悔しくて何かやってやろうと同じく新入社員の数名とユーチューブ用の広告を作ったのだ。

それがあっという間にバズり、夏の2か月間の売り上げに貢献することになった。
理由を調べた本社がこの広告が原因だと知ったのはすぐだった。
しかし、それは兄の手柄になった。

兄が自分が俺たちに指示をして作らせ、企画は自分が考えたと伝えた。
俺の部屋に勝手に入ってデータも取っていた。
兄は昔から、そういう男だった。

悔しかった。
最初にあった怒りは一緒に頑張ってくれた同期たちに申し訳ない気持ちだった。
サービス残業で頑張ってくれたのに会社からは何もなかったからだ。
俺は彼らからすぐに距離を置かれた。

『お前に関わるとろくなことにならない。今後もきっと、そうだ』

最後に1番、仲の良かった同期にそう言われた。

その後に起きた怒りは、この広告の評価によって兄がグループの役員になったことで湧いた。
何年もの間、赤字だった会社をわずかだが2ヶ月間、黒字にしたのだ。
父と祖父の評価は凄まじかった。

手柄を取られた――

その怒りが俺の心を黒くした。
俺はやる気をなくし、ただ言われたことのみをこなし、先輩たちから文句を言われ、それを失笑した。

俺は皮肉な笑いを浮かべていたと思う。
なのに、この女子高生は「あなたが一緒に旅行したい人は誰ですか?ってメッセージいいですよね」と言って、笑ったのだ。

「素敵なものを作ってくださり、ありがとうございます」

その笑顔がとても眩しかった。
胸が締め付けられた。

「あの広告、そんなにいい?」

俺は気が付くと、ぼそっとそんなことを聞いていた。

「はい! すっごくいいです! あれで御堂ツーリストが好きになりました!」

彼女は無邪気にそう言った。
その瞬間、心の中で何かが溶けた気がした。

なんて自分はダサい男なんだ――
誰の手柄になったっていいじゃないか――

あの広告を見た人にとっては、誰が作ったなんて関係ない。
きっと俺じゃなくても彼女は今日来た誰かに、そのことを伝えただろう。
でも今日、俺がその言葉を聞けた。
その事実は変わらない。

自分がしたことで、会社のことを『好き』と言ってくれる人がいる。
それだけで十分じゃないか。

自分だって橋を渡りながら、『あの人が作った橋かー』なんて思わない。
住んでいる家だって、車だって、テレビの広告だって、ユーチューブ広告だって――

自分でも、気づかないうちに笑っていた。
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