意地悪な副社長に狂うほど愛される





副社長に指定されたマンションへ向かいエントランスで私は思わず口があいた。
買い物を済ませて白いビニール袋を持っているのだが、それさえ、この場では持ってはいけないような気分にさせる。
とにかく想像以上の大きなマンションで、そこまで高層というわけではないけど、外から見ると横に広い。
中に入ると、それは本当に迷路のようで驚いたのは副社長の部屋まで案内係がいるということだった。
どうやら副社長の住んでいる階に行くエレベーターはカードがないとボタンも押せなくなっているらしい。
副社長の部屋はワンフロアだったのでエレベーターで案内係は離れた。

緊張し状態でチャイムを鳴らす。
反応がない。

「寝てるのかな」

ドアが開いた。
勝手に入って良いものか迷ったが、来いと言っていたのは副社長だしと自分に言い聞かせて中に入った。

リビングに入ると部屋の中は驚くほど散らかっていた。
書類や服が散乱してる。
さすがに泥棒が入ったとまでは思わなかったが、副社長のイメージと違って面食らった。

そんなに体調が悪いのだろうかーー

私は心配になり、たくさんある部屋を1つずつ開けながら副社長を探した。
3つ目で大きなベッドに寝ている副社長を見つけた。

「副社長」

声をかけても反応がない。
ベッドに近づくと真っ赤な顔をして苦しそうな副社長がいた。

「副社長! 大丈夫ですか?」

揺すると「うぅ」と反応が返ってきた。
額に手をやるとすごく熱かった。

「病院、行きました?」

すると副社長はコクンと頷いて、ベッドサイドを指さした。
そこには処方された薬が置かれていた。

「飲みました?」
「粉薬」
「え?」
「飲めない」

薬を見ると粉薬だった。
私は思わず呆れて、力が抜けた。

「ちょっと待ってて下さい」

私が立ち上がろうとすると、腕を掴まれた。
いつもより弱々しかったが、離さないという意志だけは強く感じた。

「何処にも行きません。すぐ戻ります」

そう言うと安心したのか、副社長は手を離してくれた。
私はその腕を掛け布団の中に戻した。

「キッチン借りますね」
「ああ」

かすれた声は少し色っぽくてドキッとした。

私はキッチンでお湯を沸かしてインスタントのお粥を作り、中に溶いた卵を混ぜてたまご粥にした。

副社長はほとんど自炊をしないのだろう。
食器はまったくなく、かろうじてあった平べったいお皿にお粥を入れた。

そして1階へ降りて、マンション内にある薬局で買ってきた子供用の薬を飲むためのゼリーを小皿にのせた。
寝室に入ると副社長の息づかいが聞こえた。

「副社長、少しだけ起き上がれますか?」

副社長はしんどそうに身体を起こしてベッドに寄りかかった。

「お粥です。少しでも食べて下さい」

副社長はうつろな目で、お粥を見た。

「キミが作ったのか」
「インスタントです」

スプーンを渡すと副社長は私に向かって口を開けた。

「え?」
「食べさせて」
「ご冗談でしょ」
「俺は病人だ。お前のせいで」

私は眉を寄せて反抗を示したが副社長はまったく動じない。
仕方が無いので、副社長の口元にスプーンを持って行った。
1口食べると、副社長は「おいしい」と囁いた。
私は恥ずかしくて視線をそらし、食べさせることに何とか集中して副社長の目を見ないようにした。
そうなると自然と口に視線がいき、それはさらに私をドキドキさせるだけだった。
半分だけ食べた後、「もういい」と言って副社長が寝そうになったので買ってきたスポーツドリンクを飲んでもらい、体温計を渡した。

「体温計なんて、うちにあった?」
「さっき下で買いました」
「そうか、面倒掛けたな」

2度も案内係の人をエレベーターに乗せてしまうことになり申し訳なかったけれど、嫌な顔1つせず案内してくれた。

「あと、これ」
「なんだ、それは」

私は小皿にのせていた茶色いゼリーの中に粉薬を入れて中に閉じ込めた。
副社長は不快そうな顔を隠そうともしない。

「チョコ味です」
「だから、なんだ、それ」
「粉薬、飲めないって言ったから。はい」

私がスプーンですくった、チョコ味のそれを口元まで持って行くと副社長は小さく口を開けた。

「もっと大きく開けて下さい」
「ちょっとでいい」
「これは全部、食べるんです!」

私は口に押し込んだ。
副社長はもぐもぐしながら私を恨めしそうな目で見つめた。

「あまり噛んだから、粉薬を味わうことになりますよ」

そう言うとすぐさま飲み込んだ。

可愛いーー

思わず笑ってしまった。

「なんで、笑ってる」
「なんでも、ありません。さあ、寝て下さい」
「今日は泊まっていけ」
「そんなわけには」
「明日は土曜日だ」
「そうですけど」
「隣がゲストルームになってる」
「帰ります」
「じゃあ、俺は寝ない」

そう言って身体を起こそうとしたので私は了承するしかなかった。
風邪をひくと、こんなにわがままなのかと呆れた。
副社長が寝息を立てるまで、傍にいて私は飲み物だけ置いて離れた。
しばらくして水枕を変えたが副社長は起きなかった。

その後、どうしても室内が気になって軽く片付けをした。
完璧な男は片付けが下手なのかも。
弱点を知ったような気がして嬉しかった。

翌朝、ゲストルームで目覚めた私は目の前に副社長がいて「ひぃっ」と叫び声にならない声をあげた。

「な、なな、何をしてるんですか」
「キミを見ていた」

副社長は私のベッドの中にいつの間にか潜り込んでいた。

「いつから、そこに!?」
「数分前」

副社長は昨日より元気そうだった。
私は逃げるようにベッドから出ようとしたが副社長に抱きしめられ逃れられなかった。
いや、嘘だ。
本当は簡単に逃れられる。
副社長の身体はまだ熱かった。

「まだ熱ありますね」
「そうかもな」
「朝食、作りますか?」
「ああ、お願い」

信じられないくらい甘い――

昨日から別の人間になったような副社長を見ている。
ずっと風をひいていてほしいと思った。
< 39 / 55 >

この作品をシェア

pagetop