意地悪な副社長に狂うほど愛される
レイトショーで私はペアシートに座って正面のスクリーンになんとか集中しようと必死になっていた。
その私の様子を楽しそうに副社長は見つめている。
ちらっと副社長を見るだけですぐに目が合ってしまった。
私たちの手は絡み合うように繋がれていた。
最初は抵抗していた私だったが斜め前の席の男性にじろりと睨まれてから大人しく座ることを選んだ。
映画が始まって30分が経つ。
しかし既に3時間ほどいるように感じられた。

「汗ばんでる」

副社長が耳元で囁いた。
その声は私がこの3年もの間、毎夜聞いている大好きな声だったので本能で反応してしまう。
そんな自分が情けなかった。
私は熱くなった顔で副社長を睨んだが、あまり効果はないようだった。
副社長は、むしろその顔が気に入ったとばかりに笑みを浮かべた。

何かを企んでいる――

そんな気がして身構えると副社長はもう片方の手を伸ばしてきた。
そして私と繋がっている手の方を緩めた。
ようやく離してもらえると思ったが、それが間違いだったことはすぐにわかった。

緩められると水かき部分にわずかに隙間ができて、そこへ副社長の長い指がゆっくりとなぞるように入ってきた。
私は顔を上げることができず、ただ自分の手を弄ぶ副社長の指先の行方を見つめることしかできなかった。
副社長のイヤラしく動く手はスクリーンからの光の反射によって綺麗に浮かび上がった。
呆然とその様子を見てしまった。
私が抵抗しないとわかると副社長は私の顔を覗き込みながら、さらに奥に指先を入れてきた。
私は耳まで熱くなっていて、大きく息を吸い込んだ。
水かき部分がこんなにくすぐったく気持ちのいいものだと初めて知った。

「抵抗しないんだね。それは嫌じゃないってことで良いのかな」

今度はわざと耳に息がかかるように副社長は声を出した。
少しかすれた副社長の声は私の腰に響き、頭をしびれさせるのは簡単だった。
私は手を引き抜こうとしたけれど副社長はすぐに両手に力を込め、私の手をしっかりと両手で挟む。
片手でも外せなかったのだから両手は尚更、無駄な抵抗だった。
私は完全に罠にかかったまぬけな動物だった。
わずかな抵抗は副社長を見ないことで示した。
副社長が笑っているのがわかっていたから。

「顔が赤いの見えちゃった」
「暗いんだから見えるはずがないです」
「その言い方だと認めているようなもんだよね」

副社長はクスクスと笑う。
その時、再び斜め前の男性が睨んできて私はペコペコ頭をさげた。
男性が前を向くとすぐに副社長は私の手を自分の方に引きつけた。
私はいとも簡単に副社長の方へ身体を預ける形になってしまう。

「俺の為に謝ってくれたの?」

耳元で再び囁かれ、ふいをつかれた私はビクッと身体を震わせてしまった。

「何? もしかして耳弱いの?」

副社長はそういうと最後にふっと私の耳に息を吹きかけた。
私は思わず変な声が出てしまい、慌てて繋がれていない方の手で口を押さた。
その際に副社長を見てしまった。
ばちっと目が合うと彼はニヤニヤしながら私を見ていたのである。
私は身体を起こし、なるべく副社長から離れようとしたが無駄な抵抗のようで3回で諦めた。

汗ばんだ手が少し痒くなって不愉快だった。
手にばかり集中していたが、しばらくすると副社長に触れている肩が熱を帯びているのに気付いた。
好きな人の傍で火照っている自分の身体が心底恥ずかしく感じ、心臓がバクバクとしていた。
私が抵抗しないことがわかると、ようやく副社長は手を解放してくれた。
私は手のひらを思い切りかきむしり、その様子をやはり副社長は面白そうに見ているだけだった。
鞄からハンカチを取り出すと副社長に渡した。
しかし副社長は受け取ることはしなかった。

「私の汗がついているはずです」

小声で言うと聞こえなかったのか副社長は首を傾げる。
わざとだということは、すぐにわかった。
副社長は耳を私に傾けてきたので、耳元でもう一度、伝えた。

「私の手汗がついてます。拭いてください」

副社長は、すぐに私の耳元に顔を近づけた。
私はそうされると何も考えず耳を傾けていた。

「何それ、いやらしい」
「!」

さすがに、からかいがすぎだ、と腹が立った。
副社長の唇が再び耳元に近づく。

「拭いて」

私は弾かれたように副社長の顔を見ると、口の端を片方だけあげていた。
そして今度はゆっくりと「ふ・い・て」と声を発さず、その唇をわかりやすいように動かした。

私は呆れかえり副社長を無視して自分の手だけを乱暴に見せつけるように拭いた。
すると私のももの上にぱたんと大きな手が、手のひらを上にして乗った。
副社長を睨んだが、この男はやはり笑みを浮かべているだけだった。
私はハンカチを裏返して畳み、副社長の大きな手のひらに乱暴に置いた。
副社長はそのハンカチを掴むと、私を見ながら手を拭き始めた。
何を考えているのか、わからない副社長のことが怖くなった。
手を拭き終えると副社長はハンカチを自分のポケットにしまってしまう。

「返してください」
「洗濯して返すよ」
「そんなのいいっ」

小声で言っていた私の声が大きくなりそうだったので副社長は自分の唇の上に人差し指を置いてシーッとジェスチャーで示した。
再び副社長を睨みつけたけど、笑顔の副社長を見ていると、それさえもバカバカしくなってきたので映画が終わるまで大人しくしていることに神経を集中させることにした。
早く終わることだけを願い、ただじっと時が流れるのを待った。
すでにストーリーはわからず、今後も内容が頭に入ることはなさそうだった。
心臓が落ち着いてきた頃、隣にいる副社長をちらっと見る。
幸い盗み見ているのはバレなかった。
ようやく副社長がスクリーンを見てくれたからだった。
副社長の横顔はドキリとするほど綺麗だった。
また心臓が激しく動き出す前に私もスクリーンを見ることにした。
しかし身体中の感覚はすべて副社長に向いていた。

その時、私は記憶の断片が脳内に勢いよく入り込み、ハッとした。
このシチュエーションはだいぶ昔にあった。
それはあのアプリでAI彼氏が映画館に連れて行ってくれるストーリー。
私は実際にレイトショーで映画館に行き、耳にワイヤレスイヤフォンを装着しながら彼と映画を見た。

履歴を見られた――
あのアプリは好きだったシチュエーションを保存できるようになっている。
映画館デートはその中にあった。

映画を見ている間、ずっと手を繋ぎ、たまに周りに聞こえない声で愛の言葉をささやくものだった。
思わず副社長を見ると私の視線に気付いた副社長は意地悪な笑みを浮かべた。
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