第5部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

「ティアナはどこだ?」

低く押し殺した声に、ジョルジュはふっと笑った。

「ついてきなさい」

背を向けて歩き出すその姿には、命令というより“確信”があった。
まるで、俺が逆らえないことを知っているかのように。

足が勝手に動く。
怒りで震えているはずなのに、身体の奥が妙に冷たい。

薄暗い通路を抜けた先——
そこは、古い魔法陣が床一面に刻まれた部屋だった。

ジョルジュが手をかざすと、魔法陣が淡く光り始める。
空気が震え、胸の奥がざわりと波打つ。

「さて……見せてやろう」

祖父は懐から、小さな銀の箱を取り出した。
蓋を開けた瞬間、ふわりと光がこぼれ——

そこにあったのは、
スミレ色と桃色が混ざる、柔らかな髪。

ティアナの髪。

「……っ!」

息が止まる。
胸が締めつけられ、視界が揺れた。

「ティアナは……無事なんでしょうね」

必死に声を絞り出すと、ジョルジュは愉快そうに笑った。

「無事かどうかは……お前次第だ」

その瞬間、魔法陣の光が強くなり、
足元から冷たい何かが這い上がってくるような感覚に襲われた。

「やめろ……!」

「抵抗するな。
ティアナの髪は“鍵”だ。
お前の精神は、彼女を想うほどに脆くなる」

胸の奥に、鋭い痛みが走る。
ティアナの髪が揺れるたび、心が引き裂かれるようだった。

「……っ、く……!」

膝が落ちる。
視界の端が暗く染まり、思考が濁っていく。

ジョルジュの声が、頭の中に直接響いた。

「さあ、ディラン。
お前の身体を借りるとしよう。
“器”として完成したその肉体をな」

魔力が精神に食い込み、
意識がゆっくりと押し流されていく。

——ティアナ。
来るな。
絶対に、ここへ来るな。

願いは、声にならなかった。
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