第5部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

奪われた王子

ティアナside

足を踏み入れた瞬間――
ずっと会いたいと願っていた、金髪の彼の姿が目に飛び込んできた。

「ティアナ」

その声を聞いた途端、胸の奥がざわりと波立つ。
確かにディランの声なのに、そこに混じるのは湿った冷気。
背筋を撫でる、不吉な気配。

「ディラン……?」

一歩近づいた瞬間、氷の指で背骨をなぞられたような悪寒が走った。
目の前に立つのは、確かにディランの姿――けれど、違う。
瞳の奥にあったはずの温もりが、跡形もなく消えている。
代わりに沈んでいるのは、底なしの闇。

その視線を浴びるだけで、皮膚の下を黒いものが這い回る錯覚に陥った。

「……あなたは誰?」

震える声で問いかけると、ディランの口元がゆっくりと歪む。
その笑みは、彼が決して浮かべない種類のものだった。

「はは、さすがだな。よく気づいた。
ディランの婚約者だけある」

ぞっとする声。
部屋の空気が重く沈み、呼吸が浅くなる。

「まさか……ジョルジュ陛下……?」

名を口にした瞬間、ディランの身体がわずかに傾き、影が揺れた。
その影が、まるで別の生き物のように蠢いた気がした。

「ああ、そうだよ。来るのが少し遅かったな」

ディランの手がゆっくりと持ち上がる。
その動きは、彼のものとは思えないほど滑らかで、冷たく、無機質。

「ディランの身体は――もう私のものだ」

その言葉が落ちた瞬間、世界が音を立てて崩れた。
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