【完結】隣国のモフモフ騎士団長様、番ではない私でよろしいのですか?

 一月前、婚姻を結んだ妻、ジャスミン。

 彼女が乗った馬車が見えた時、女性らしいしなやかな声が鼓膜を震わせた。

 さも恋しいと言わんばかりのその声音に、心臓をぎゅっと掴まれた気がして.....自分の急な変化に戸惑った。

 瞬間、窓越しにぶつかった視線に目を瞠った。

 すべてを柔らかく包み込むラベンダー色。

 決して強い色合いではないのに、その一瞬で脳裏に焼きついて離れない印象的な色。

 そして、どこか懐かしさを覚える神秘的な色。

 初対面のはずなのにーー。

 思い出せない記憶を必死で辿る最中、マーナガルム様から聞き出した番の瞳の色と重なったからだろうか。

 気づけば、地面に降り立った彼女をじっと見つめていて。我に返った時小さく動揺した。

 俺がこれからも番への気持ちを抱き続けると告げても、静かに受け入れてくれた。普通なら、ひどい男だと跳ね除けてもおかしくない。

 身勝手に対する償いと感謝を込めて何か贈ろうと申し出ても、丁重に断られた。

 代わりに「庭の一角を使わせてほしい」と言われ、「一角と言わず好きに使ってくれて構わない」と言うと花が咲いたようにパッと笑った。

 その日から頻繁に庭に出ては何やら作業して、時折街へ出掛けてはいそいそと戻ってくる。

 時間が重なれば朝食や夕食を共にしてーー
 ふとした瞬間、じっとこちらを見つめて何か考え込んでいる時がある。

 彼女にとって理不尽であろう婚姻にも関わらず、贅沢を要求するでも、癇癪を起こすでもなく。

 むしろ、使用人にも礼儀や愛情をもって接し、ここへ到着してものの数日で皆の心を掴んでしまった。

 屋敷の者たちは労いの言葉をかけられ、彼女自ら淹れたお茶を振る舞われて、以前にも増して仕事へのやる気が漲っていた。

「不思議な人だ....」

 今も。朝食から何も口にしていない俺を気遣って、既に用意してくれていたらしい、サンドイッチやクッキーなどの軽食と温かいお茶が、ソファの前の机に並べられていく。

 執務机から移動して柔らかな座面に腰を下ろすと、肩から力が抜けてホッと息を吐いた。

 ふわふわと白い湯気をあげるお茶を見つめる。

「.....今日の茶も、色が違うのだな」

「はい。今日も奥様が拵えて下さった茶葉を使ってお淹れしました」

「そうか.....。美味いな」
< 75 / 134 >

この作品をシェア

pagetop