Nocturne(ノクターン)ー美しさは静かに交差する
翌朝。

希が出社してコーヒーを置いた瞬間。

メール通知が鳴る。

【Mino新作モニターアンケート回答】

……1件。

「え?」

数分後。

ピロン。

また1件。

さらに。

ピロン、ピロン、ピロン。

「は、早い…」

希、思わず呟く。
まだ“なるべく1週間以内”のはず。
なのに、ゾクゾク届く。みんな昨日の夜…

絶対そう。

深呼吸。

「これは仕事です」

自分に言い聞かせて会議室に移動する。

ノートPCを開く。

キリッ。

社長モード。

「では、開封します」

誰もいないのに、なぜか宣言。

最初の1件。

【総合評価:Aが好み】

コメント欄――

《第一印象の視覚的インパクトが柔らかい。近づいたときの素材の質感が自然で、触れた瞬間の違和感がない。着脱時に引っかかりが少なく、流れが止まらない。》

希、止まる。

「……これ、旬だ」

文章が理論的すぎる。

スクロール。

《Bはデザイン性が高いが、やや緊張感がある。リラックスした夜にはAのほうが“なんかいい”に近い。》

完全に旬。

キーボードに手を置いたまま、希、にやけそうになる。

「無記名なのに分かるってどういうこと…」

次。

【回答②】

《Aは王道。安心感。Bは攻め。テンション上がる。脱がせやすさはBのほうが若干スムーズ。》

「……圭祐だな」

語彙がストレート。

さらに。

【回答③】

《Bのほうが記憶に残る。ただ日常使いはA。触り心地はどちらも高水準。正直、どちらもアリ。》

広哉っぽい。

【回答④】

《着脱のストレス値は両方とも低い。だがホック位置の微差で0.3秒の差あり。》

「0.3秒って何」

凌確定。

希、必死に真顔を保つ。

「ここは仕事…」

でも、ふと目に止まる一文。

《本人が楽しそうにしているのが一番良い。着ている人が自信を持てるデザインなら、男は自然と“いい”と思う》

手が止まる。

それ、たぶん全員共通して書いている。
希、ゆっくり息を吐く。

“なんかいいな”

それはデザインだけじゃない、着ている人の空気。自信と余裕。

スクリーンを閉じる。

「……いける」

確信した。

ただエロいでも、ただ可愛いでもない。

“自然に惹かれる”ライン。

メールはまだ増えていく。

ピロン。

ピロン。

希、口元を引き締める。

「Mino、次行くよ」

社長の目。

でもほんの少しだけ頬が赤い。

希、キリッとした顔で次のアンケートを開く。

【回答⑦】

《ケツがよかった》

「……は?」

固まる。

スクロール。

《くい込み具合最高》

「……くい込み具合?」

さらに。

《おしりがさわってていい》

「……」

沈黙。

そして次。

《後ろ姿の破壊力えぐい》

《ヒップラインがきれいに出る》

《AよりBのほうが“振り向いた時”が強い》

《触り心地は正直、おしりで判断してる》

希、天井を見る。

「……そっちか!!」

完全に想定外。

デザイン。
触り心地。
脱がせやすさ。

正面評価を中心に考えていた。

なのに。

“おしり”集中砲火。

希、真顔でメモを取り始める。

・ヒップライン重要
・後ろ姿インパクト
・触感=ヒップ接触面?
・くい込み=ポジティブ評価(?)

小さく呟く。

「男性目線、想像以上に背面重視…」

さらに読んでいく。

《正面はAが上品。でもBは後ろ向いた瞬間やばい》

《日常使いはA。でも“夜”はB。理由は尻》

「理由は尻って何」

でも笑いが込み上げる。

真面目に読もうとしてるのに、
語彙がシンプルすぎる。

次。

《本人が自信持って歩いてるとき、ヒップラインで完成する》

希、止まる。

「……完成する?」

その一言に、スイッチが入る。

なるほど。

“なんかいいな”の正体は――

前から見た可愛さじゃなくて、振り向いた瞬間の余韻。

希、ゆっくり頷く。

「盲点だった」

ランジェリーは“自分のため”でもある。
でも男性視点は、“視界に残るライン”。

おしり。ヒップの丸み。立体感。触感。

希、資料を引き寄せる。

「パターン修正入れよう」

・ヒップの立体補正微調整
・レースの配置を背面寄りに
・くい込みは“自然なフィット”として表現

口元が上がる。

「データは正直」

ピロン。

また通知。

《正直、ずっと触ってたくなる》

「…知らない」

でも赤面しながらも、希の目は完全に戦略家。

「ありがとう、メンズ達」

“なんかいいな”は“後ろ姿で決まる”。

希、立ち上がる。

「Mino、次はヒップでいく」

社長の目。

でも少しだけ頬が熱い。
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