天才外科医からの求愛〜傷跡ごと甘く癒されて〜
 あぁ、どうしよう。二百万か。
 この間、お母さんに貸しちゃったから。

 私の家はシングルマザーだ。
 母が一人で私を育ててくれた。お母さんは生きていくために昔から夜も働いていて、私は母とどこかに一緒にでかけた記憶がない。
 母は私のことを育ててくれた。けれど、離婚してからたくさんの男の人と恋愛をしていたのを知っている。
 楽しそうだったし、時に苦しそうだった。酔って帰ってきたお母さんを看病したこともある。
 お母さんは基本的には家に居なくて、いつも一人だった。
 ご飯だけ渡されて、愛されていた記憶がない。だけど食べさせてくれただけありがたいと思っている。
 高校卒業後はすぐに一人暮らしを始めて、母とはあまり関わらなくなった。

 それが先日「お金を貸してほしい」と急に連絡がきた。
 はじめてのことだったからこれで縁が切れるかもしれないと思いながらも、三百万貸してしまった。

 だから今、貯金がかなり減ってしまった状態。
 大変なこと、辛いことって続くんだな。

 頭の中はぐちゃぐちゃで、考えているのに何も考えられていない状態。
 そのまま目を閉じてしまった。
 
 出勤し、いつも通り業務をこなしていた時だった。
 もう少しでお昼休みになる、ふと時間を見た時――。

「光藤さんいますか?」

 事務室に風見先生が現れた。

「あっ」

 ヤバい、風見先生に返事をするの忘れていた。
 というか、余裕がなかった。

「はい」

 私は立ち上がり、先生の元へ向かう。
 何か文句を言われるかも。
 そんな風に思っていたが
「この申請書って、どうやって書けばいい?あまり見たことなくて。調べるのも面倒だから聞きにきた」
 ああ、なんだ仕事のことだ。
 私もパッと見ただけじゃわからないな。

「お預かりして、調べておきます。またご連絡しますね」

 私が申請書を受け取ると
「お願いします」
 なんだ。これだけか。

 ホッとしたのもつかの間
「今日、業務終わったら医局に来て」
 ボソッと他の職員に聞こえないように耳打ちされた。

「えっ」

「お願いします」

 それだけ言い残して、すぐに風見先生は行ってしまった。
 基本的には忙しい先生だから。だからって、強引すぎるよ。行かなかったら行かなかったで、また事務室に来そうだ。
 うしろを振り返ると、事務室の先輩たちがニコニコ笑っている。
 これって絶対勘違いされているよね。
 私は風見先生の指示通り、業務が終わったため、風見先生のいる医局へ向かっている。
 いやだな。医局って、独特の雰囲気なんだよな。
 はぁと息を吐きながら、風見先生を探していると
「お疲れ様」
 うしろから先生に声をかけられた。

「あっ。風見先生」

「ちょっと来て」

 私は先生に言われ、今は使っていない相談室に連れて行かれた。
 ここは手術の説明とかで日中使う場所。
 二人きりの空間になり、嫌なような、でも他の人の目線を気にしなくてもいいような、不思議な感覚になる。

 イスに座り、先生の言葉を待っていると
「光藤さん、俺の連絡、シカトしたよね?」
 鋭い目線、冷たい口調。ああ、怒ってる。
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