側妃マリアの謀
第4章

 研究棟は、砦のような場所だった。
 警備が厳重で、国家がどれほどここを重要視しているのか、分かるというものだ。
 (この警備の一割でもいいから、ルンハルト殿下に回せばいいのに……)
 陛下にとって、ルンハルト殿下は実子のはず。
 それなのに、赤目というだけで──。
 あれから、私も調べてみた。
 とはいっても、知ることのできた情報は、このエリセリュン王国では常識の範囲内だった。
 【赤い目は、悪魔の子の証。
 未知なる力を使い、人間を滅ぼすために生まれた。これが生まれたら、まず人間は土の中に葬らなければならない。
 そして、百日の晴天と十日の雨が降り、少量の塩、穀物をすり潰したもの、ロザリオを最後に置くことで、完全に悪を滅することが出来る】
 ……こういった教えが、エリセリュン王国にはあるのだ。
 おとぎ話なんてぬるいものではなかった。古くからの教えに則り、民はルンハルト殿下を、そしてアルヴィン卿を迫害するのだろう。
 そして、アルヴィン卿の名乗った【アルヴィン・ルア・エリセリュン王国】。
 このルア、とは死者を意味するものらしい。
 エリセリュン王国は、土葬文化のある国だ。
 遺体を土の中に葬ったあと、魂が天に戻れるよう、ミドルネームに【ルア】と付けるらしい。
 エリセリュン王国で、ルアは、魂を意味するのだと後に知った。
 (エリセリュン王国の文化を否定することはしないわ。だけど、だからといってルンハルト殿下とアルヴィン卿を迫害するのが許されていいはすがない)
 アルヴィン卿とはあまり話せていないけれど、ルンハルト殿下は普通の子供だ。何が、悪魔の子だ。そんなことを嘯いて、そんな迷信を信じる彼らの方が、私にはずっと悪魔に見える。
 
 ☆
 
 研究棟にて、アルヴィン卿を訪ねた。
 アルヴィン卿の親戚だと話し、名をマリアと伝えると、警備の兵が取り次いでくれた。
 応接室に通され、やがてアルヴィン卿が入室する。
 彼は、私の突然の訪問に驚いたようだ。それも当然だろう。
「何かありましたか、ルンハルトに」
「ルンハルト殿下は、健やかに過ごされております」
「ではなぜ」
 私は、対面のソファを手で示した。まずは、座ってから話をしよう、ということだ。
 アルヴィン卿は考えるように眉を寄せたが、そのまま腰を下ろした。
「お時間は大丈夫ですか?」
「今日は祝日。急ぎの用事はありません」
 想定通りの答えに、内心安堵した。多忙のところ押しかけるのは申し訳ないと思ったからだ。
「本当はアポイントメントを取るべきなのですが、私とあなたの関わりを嗅ぎつけられたら面倒なことになりますので……。ご無礼をお許しください」
「それは構いませんが……。それで、ご要件は?」
 さっそく本題に入る彼の切り替えの良さは好ましい。王侯貴族特有の、迂遠な言い回しは、私も好むところではなかった。
 私は、単刀直入に切り出した。
「では、アルヴィン卿。あなたの目的をお話くださいませんか?」
「目的?」
 アルヴィン卿は、僅かに眉を寄せた。
「これは……私の勝手な推測ですけれど」
 ひとつ、前置きをして、私は話を進めた。
「アルヴィン卿は、ルンハルト殿下の立場向上のために、【悪魔の子】の教えを破ろうとなさっているのではありませんか?」
 考えたのだ。アルヴィン卿の目的はなんだろう、と。王位簒奪か、ルンハルト殿下の親権獲得か……と考えたけれど。
 だけどそのどちらも、根本的な解決にはなっていないことに気がついた。ルンハルト殿下を苦しめているのは、赤目の言い伝え。
 あれがあるから、ルンハルト殿下は忌避されている。それなら、その教えは誤りであり偽りだったと公表すれば、周囲のルンハルト殿下の見方も変わってくるのではないだろうか。
 悪魔の子の教えを否定するために、研究棟に通いつめているということなら、納得もいく。
 王位簒奪だの、親権獲得だのより、ずっと現実的だ。
 私の言葉に、アルヴィン卿は否定しなかった。
 それから、短く息を吐く。
「……ルンハルトは、ずいぶんあなたに懐いているようですね」
「とても、嬉しく思います。アルヴィン卿。突然現れた私を信じられなくて、当然です。それで、結構です。ですから、私は本日まいりました」
 アルヴィン卿は怪訝な顔をして私を見つめた。警戒心が見え隠れするその目は、手負いの獣を思わせる。アルヴィン卿にとって、きっとルンハルト殿下はとても大切で……そして、同じくらい守りたい存在なのだろう。
 それがわかったからこそ、今日私はここまで来た。
 私は、背筋を伸ばすとハッキリと言った。
「私を、利用してください」
「は……?」
 呆気に取られたアルヴィン卿に、私は笑みを浮かべた。それから、自身の胸元に手を当てて、もう一度繰り返す。
「ですから、私を利用してください、と申し上げました。そして、私もまた、あなたを利用します。……つまり、手を組みましょう、と言っています」
「手を?」
「私は、ルンハルト殿下を今の悪環境から連れ出したい。今のルンハルト殿下はとても……寂しそうですから」
 私の言葉に、アルヴィン卿は石を飲んだように目を見開いた。まつ毛を伏せ、彼は言う。
「それは……私も同じです」
 沈黙が漂い、何事か考え込んでいたアルヴィン卿が顔を上げる。本日は結ばれていない、肩より少し長いくらいの白髪が、彼の動きに合わせて揺れた。
「少し、私の話を聞いていただけますか」
 そう、前置きをしてから、アルヴィン卿は話し出した。
「私の父は王兄で、母は平民でした」
 それは知らなかった。アルヴィン卿のお父上、王兄殿下は、十年前に亡くなっている。馬車の脱輪事故で、アルヴィン卿は当時八歳の時に両親ふたりを失ったそうだ。
 その直後、間を開けずに前国王陛下が病で亡くなられた。アルヴィン卿のご両親が亡くなられる前には余命宣告をされていたそうで、立て続けに王族が死去されたことを、エリセリュン国民は深く悼み、悲しんだという。
 王兄殿下が亡くなったことで、王位継承権第一位は今の国王陛下と繰り上げになり、そういった経緯で、現国王陛下が王位を継いだのだと習った。
 (だけど……アルヴィン卿のお母様が平民だったとは知らなかったわ)
「母は、異国出身だったようです。私を産んで数年。エリセリュン王国の空気が合わなかったのでしょう。彼女は気鬱を患い、病を得て亡くなりました。母を追うように、父もその数年後に病に倒れました。母を失った父は、生きる気力をも失ったようです」
 アルヴィン卿が、自身の話をする気になった理由は分からない。だけど、彼の身の上話に何かヒントがあるかもしれないと思い、私は注意深く彼の話を聞いていた。
「私は、父と母を失うまでこの目が忌避されるものだと知りませんでした。父も母も、それを気にする素振りは見せなかったからです」
「……そうでしたか」
 いいご両親だったのですね、と言うにはあまりにも私は彼らのことを知らなすぎる。だけど、アルヴィン卿がご両親を語るとき、彼の声が、表情が、いつもよりずっと柔らかくなるので──彼にとって、亡き王兄殿下と、お母上は、大切なひとであり、大切な思い出だったのだろう。
 アルヴィン卿は、常に氷のような空気を纏っている。それが、今は溶けて消えていた。
 だからだろうか。
 私も、気がついた時には自分の話をしていた。
「私は……母や父に、愛された記憶はありません。抱きしめられた経験もなければ、頭を撫でられたこともない」
 そこまで言って、もしかして私は、母や父にして欲しかったことを、ルンハルト殿下にしているのだろうかと思った。
 しかし、すぐにその可能性を否定する。
「ですが、その代わりに姉が。姉様が、私を可愛がってくださいました。眠れない夜には、私をベッドに招いてくれて、子守唄を歌ってくれた。今でも、昨日の事のように思い出します」
 私はルンハルト殿下に、私が過去、姉様にされて嬉しかったことをしている。過去の私と同じように、その手に、その温度に、安心感を得て欲しいと思ったから。
 なんだかしんみりしてしまった空気を払うように、私は笑みを浮かべた。
「私も、アルヴィン卿も、幸せな幼少期でしたのね」
 そう纏めると、アルヴィン卿は驚いた顔をした。
「どうかなさいまして?」
「……いえ。今までこの手の話をすると、必ず痛ましい顔をされるので。幸せだったのだろう、と言われるのは……初めてです」
 私は首を傾げた。
「幸せだったのでしょう? アルヴィン卿は」
 私の質問に、アルヴィン卿が眩しそうな顔をする。きっと、古い記憶を思い出しているのだろう。いつまで経っても色褪せることのない、大切な記憶を。
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