側妃マリアの謀
数日後。
私は、ダリアとジェイムズに協力してもらい、町娘へと姿を変えていた。金の髪をざっくりと編んでもらい、麦わら帽子を被る。肌が白すぎては、特権階級であると気付かれてしまう。
意図的に顔色を悪くするような化粧を施し、ダリアのお下がりのワンピースドレスを借りた。
そして、用意は整ったのだけれど──私の姿を見て、ダリアが眉間に皺を寄せた。
「だめです!!」
大声で否定された私は、改めて自身の服装を見下ろす。
「町娘には見えない?」
「高貴なオーラがとんっでもないです! ええい、もうこうなったら泥水を被っていただくしか……!!」
「構わないわ。持ってきてちょうだい」
答えるが、しかし発案者であるにもかかわらず「泥水を被るだなんてとんでもない!」ととうのダリアに却下されてしまう。
その代わり、彼女は「うーんうーん」と悩んだ末、「少しお待ちください!!」と叫び、部屋を出ていった。
相変わらず、ダリアは嵐のように騒がしい。落ち着いているエラとは正反対。見ていて飽きない。
私自身、楽しいことを言ったりするのは得手ではない。私に足りないものを、ダリアは持っている。ダリアはそこにいるだけで、ひとを楽しませる才能がある。
疲れたので椅子に腰を下ろして、ダリアを待つ。
こうして、町娘姿に変装しているのは理由がある。
というのも、アルヴィン卿が通う研究棟は王都の外れ。今日は、アルヴィン卿に会うためにこうして用意をしているのだった。
研究棟は、ここから馬車で片道一日の場所にある。
つまり、往復で二日だ。その間、側妃マリアは体調不良の予定で、マチルダ様にも口裏を合わせてもらうことになっている。
(まあ、今日明日は晩餐会もないし、陛下が私を訪ねてくることはもっとないでしょうし……)
問題はないと思う。リスクがもっとも低い日を選んだのだから、当然だ。
やがてダリアが戻ってきた。彼女は、大判の手巾を手に持っている。目を輝かせて戻ってきた彼女が私の前で広げたのは──
「灰?」
「ご不快かと思いますが……! こちらを、髪にまぶします」
「構わないわ」
「マリア様の御髪はあまりに美しすぎるので、このまま外に出たら高貴な人間だとすぐにバレます。なので、こうした細工が必要なんですよ。本当は泥水を被ってもらうのが一番ですけど、そんなこと、マリア様にはしていただくわけにはいきませんし」
「それが最善だと言うのなら、進んでやるわよ?」
「そんなこと、侍女のあたしがさせません!」
別にいいのに、と思いながら、髪に灰をまぶしてもらうのを待つ。まるで、灰かぶり姫。しかし、鏡に映る私は、シンデレラを虐げる姉姫にしか見えない。きつい顔立ちである自覚はある。
支度が済むと、ダリアと共に城の裏手に向かう。そこには、ジェイムズが待機していた。
「お待たせしてごめんなさい」
「いいえ。もっと時間がかかるものかと思っておりましたので、お早い支度に驚きました」
ジェイムズの言葉に笑みを返して、カモフラージュ用の質素な幌馬車に乗り込む。馬車には、空の樽も並べられている。
これで誰も、私が側妃マリアだとは思わないだろう。
☆
御者席には、ジェイムズが座り、彼が手網を握る。王都に入った時は多少緊張したけれど、思いのほか注目されずに、進むことが出来ていた。
「ふふふ……誰もあたしたちの正体には気付いていませんね」
ダリアは幌の間から外を覗き込みながら、得意げに言った。親指と人差し指のみを伸ばした指を、顎に置いて、不敵に笑っている。
「それにしても……。マリア様が、アルヴィン卿に会いにいくなんて、驚きました」
「そう? こういうのは、早い方がいいでしょう。彼の目的も気になることだし」
「そういえば、言ってましたね。アルヴィン卿にはやるべきことがある、とか何とか。あれってやっぱり……」
そこで、ダリアは口を噤む。
流石に、これ以上は口に出せないと思ったのだろう。
(アルヴィン卿のやるべきこと。ルンハルト殿下は、やりたいこと、ではなくて、やるべきこと、と言った)
それはつまり、やらなければならないこと、とも言い換えられる。恐らく、アルヴィン卿はルンハルト殿下のために、何かしようとしている。それは、王位簒奪か、あるいはルンハルト殿下の身柄についてか。
どちらにせよ、考えているだけでは答えは出ない。アルヴィン卿に会って、話を聞かなければ。
私は、幌の隙間から外を眺めた。
初夏を感じさせるぬるい風を感じて、目を閉じた。