側妃マリアの謀

「…………はい」
 それから私たちは、他愛のない話を交わした。互いの幼少期の思い出話だ。こんな会話をするために王城を抜け出し、わざわざ片道一日も費やしたわけではないのだけれど、他人に姉様の話をするのは新鮮で、楽しかった。思い出せば思い出す度に、記憶が色鮮やかに蘇ってくる。
「私はほら、こんな容姿ですから。幼い頃から怖がられることも多かったのです。まさか私が寂しがっているなんて、誰も思わなかったでしょうね」
 知っていたのは、姉様ひとり。
 エラと引き合わせてくれたのは、姉様だ。エラは、行儀見習いで城に上がっていた公爵令嬢だった。エラは真面目な性格で、そしていつか公爵家を出たいと思っていたらしい。それに気がついた姉様が、エラを私につけてくれたのだ。
 きっと、話が合うでしょうから、と。
「……あなたがそこまで仰る姉君と、私もいつかお会いしたいものですね」
 私の話を聞いたアルヴィン卿が、目を細めて言った。私は苦笑して答えた。
「それはもう、難しいかもしれません。姉様は、エリセリュン王国とも、モントヴァルト王国とも国交を持たない国に嫁いでしまわれましたから」
「そうでしたか……」
「だけど、手紙のやり取りは続けております。姉様は向こうでも、お元気なようですわ。いずれ、姉様がお子を産んで、その子がこちらにくることもあるかもしれません。その時が楽しみです」
 気の長い話だけれど、それを待つ他楽しみはない。姉様の子供なら、きっと可愛いだろう。姉様にたくさん愛されて育つに違いない。
 私の話を、アルヴィン卿は穏やかに聞いていた。
 そこでふと、アルヴィン卿がなにか思いついたように顔を上げる。
「マリア妃のその格好は、変装、ですか?」
 目を瞬いた。私は、自身の服装を見下ろす。ダリアから借りたワンピース。金の髪はお下げにし、頭には麦わら帽子を被っていた。頬には、ソバカスを散らしている。印象に残らないようにするには、ほかにインパクトの強いものを用意すべきだ、というダリアの意見は理にかなっていると思った。
 これなら、私の顔を見ても、ひとは濃いソバカスに気を取られるだろう。私の顔には意識が向きにくい、という考えだ。
「似合っていますか?」
 変装をしたことなど今まで一度たりともない。
 未知の格好は、思いのほか楽しかった。長いお下げを揺らして笑うと、アルヴィン卿が薄く笑みを浮かべた。
「お似合いです。……と、すみません。これは失礼にあたりますか?」
「いいえ。似合っていなかったらどうしようかと思いましたので、嬉しく思います。ありがとう」
「しかし、変装をされるとは思い切ったことをしますね。侍女には反対されなかったのですか?」
 ちらりと、彼が私の背後に立つダリアに視線を向ける。
「侍女は親身になって、私を助けてくれました。このワンピースも、彼女に借りたものです」
「それは良い侍女ですね。そこまで親身になってくれる侍女がいるというのは、羨ましいことです」
 アルヴィン卿は、なにか思い出したのか苦々しく笑った。
「私にはもったいないくらいの、出来た侍女です。……差し上げませんよ?」
 冗談めかした私の言葉に、アルヴィン卿は目を瞬いたあと、吹き出すように笑った。
「それは残念です」
 背後から、ダリアの熱い視線を感じる。喜んでくれているようだ。それにくすりと笑ったところで。
 私はここにきた目的をハッと思い出した。
 パッと顔を上げると、アルヴィン卿は私のよ様子にに気がついたようだ。
 彼はひとつ頷いた。まつ毛を伏せ、アルヴィン卿が答える。
「……先程の話ですが。確かに、ひとりでは限界があると思っていたところです」
 静かに、彼は言葉を続けた。
「マリア妃。ルンハルトのために、一時的にで構いません。私と、共同戦線を張ってください」
 物騒な言葉に、目を瞬く。思わず、笑ってしまった。私から提案したことだ。断るはずがない。
「ぜひ。ルンハルト殿下が笑える日々が、当たり前だと思えるように。それが当然の日々とするために……手を貸してくださいますか?」
 今度は、アルヴィン卿が答える番だった。
「もちろん。……では、先程のあなたの質問の答えですが、YESです。私の目的は、不吉な言い伝えは偽りなのだと世に知らしめること。そのための研究、主に考古学と風俗の調査を進めています」
「赤目の伝承……。それがどこから生まれたのか、どういう経緯で発生したものなのか分かれば、赤目への風当たりも弱まりますわね」
 アルヴィン卿の話を聞いていた私はふと、思いついた。マチルダ様と相談していて、行き当たった難問でもあった。だけど、その答えを今、ここで得られるかもしれない。
「──」
 もし、そう(・・)なれば、赤目への忌避感を拭い去るには一番効果的だろう。乱暴な手段かもしれないけれど、もっとも効果があると判断した。沈黙する私を不思議に思ったのか、アルヴィン卿が私を呼んだ。
「マリア妃?」
「……アルヴィン卿。あなたは」
 私はそこで言葉を止めた。
 きっと、人生の分水嶺があるとしたら、ここだと思った。これから先の道を分ける、分岐点。
 生唾を飲み込んで、私は言葉を続けた。
「……あなたは、王になる覚悟はございますか? ルンハルト殿下のために……王になる、覚悟が」
 私の問いかけに、アルヴィン卿は絶句したようだった。思わぬ言葉を聞いたことで、心底驚いているように見える。それも当然だろう。
 アルヴィン卿が王になる、ということは王位簒奪を意味する。平和的に王に退位願うのが一番だけれど、陛下の性格を考えるに、それは無理に等しい。と、なれば。
「多少乱暴な方法にはなりますが、あなたにその気があるのなら。私に案がございます」
 これは、ノアの方舟となりうるか、あるいは、海に沈む泥舟となるか。
 一生に一度の大博打。果たして、アルヴィン卿の返答は──。

 ☆
 
 翌月、私は定期的に足を運んでいる孤児院へと向かった。これも側妃としての務めである。
 慈善活動の一環だ。
 バスケットを手に孤児院へ向かうと、顔見知りの子供たちが私の傍に集まってきた。
「マリア様!」
「こんにちは!」
 次々に挨拶をする彼らの年齢はバラバラで、ルンハルト殿下くらいの子供もいれば、十を少し超えたくらいの子もいる。
 私の周りに集まってきた子供たちを見て、ダリアが腕まくりをして言った。
「こらー! マリア様から少し離れなさい!」
「出た! ダリアだ!」
「逃げろー!」
「出たって、私は幽霊か何かですか!?!?」
 憤慨したようにダリアが言うと、子供たちはキャーキャー言いながら逃げ回った。それを見て、思わず笑ってしまう。
「笑い事じゃありません! まったく、ここのガキ……コホン。子供たちは元気が良すぎて困りますね!」
「ダリア遊んでー!」
「この前の人間ブランコやって!」
「お馬さんってよー!」
「ダリアは人間なんですけど!?」
 しかしまた、すぐに囲まれている。子供たちはダリアに相手してもらえるのが楽しくて仕方ないのだろう。
「あーもう仕方ないですね! ほら、並んで! これが世にも恐ろしい人間ブランコだー! おらー!」
 そして、全力で子供たちの相手をしている。エラが見たら、顔を青ざめさせるかもしれない。エラは、生粋の貴族の娘なので、荒い遊びには免疫がない。
 ダリアによって振り回される子供たちは「きゃー!」と甲高い声を出してはしゃいでいる。
 ようやく解放されると、ダリアはよろよろとしながら戻ってきた。
「こ、腰……腰をやられるかと思いました……」
「お疲れ様、ダリア。子供たちも喜んでいたわ」
「まぁったく、私を誰だと思ってるんですかね! 私はおもちゃじゃないんですよ!」
 と、言った直後、ドスン! とダリアに突撃してきた少女がいた。ダリアは「ぅおうぷ!」と奇声をあげて硬直したが、やがてゆっくり振り返り、ぶつかってきた少女を抱き上げると、振り回して遊んであげていた。
「きゃー! きゃあああ! きゃははは! あははは!!」
 少女の高い笑い声が響く。
 下ろした後、ダリアはさらにフラフラになっていた。
「うぷっ……酔った……
 ぐるぐる回転していたのだから、そうなる。
 私は彼女の肩を撫でて労うと、子供たちの意識をそらすために、声をはりあげた。
「今日はビスケットを持ってきたの。ほら、みんなも疲れたでしょう?」
「きゃー! やったー! マリア様! 大好き!」
 子供たちがやってきて、ビスケットをくばる。
 そのうち、院長が子供に連れられて玄関扉から姿を見せた。軽く会釈をすると、院長は深く頭を下げた。
 
 ☆
 
 奥の部屋に通されると、通常通り、支援金の話になる。孤児院訪問は、慈善活動の一環なので、こうして寄付することが側妃の役割だ。
 話がまとまり、頃合を見計らってから私は、口を開く。なんてことないようにら世間話をするかのように、あっさりとした口調を意識して尋ねた。
「そういえば……エリセリュン王国には【赤目の呪い】というものが存在すると聞きました。これは真実でしょうか?」
 私の質問に、院長はびくりと固まった。心当たりがありそうな反応だ。
 (この孤児院は、エリセリュン王家と関係が深いから、ルンハルト殿下やアルヴィン卿のことを知っているのでしょうね)
 院長は硬い声で尋ねてきた。
「それを、どちらで?」
「王城にいた際に、噂好きの貴族たちから聞きました。それで、興味が湧いたのです。院長はご存知かしら」
「それは……はい」
 そこで、彼はポケットからハンカチを取り出して、額を拭った。
 ゆっくり、院長が話し出す。
「この国で生まれ、この国に住まうものなら誰もが知っている話です。この国は遠い昔、魔女がいた。国を滅ぼさんとする、悪魔を呼び出す魔女が。その魔女は赤目だったと言われています。……マリア妃がそう仰るのは、やはり」
 彼の言葉を遮るように、私は言う。
「まあ! そんな迷信があるのですね。魔女、悪魔、というからには何か不思議な力を使いますの?」
「一説によると、未知なる力を使い、国を滅ぼそうとしたとか」
「史実には記されていないのかしら」
「それこそ、迷信ですから。神の怒りを買うと天罰が下る、と言われているのと同じようなものです」
 院長は肩を竦めた。これ以上の情報は得られないだろう。そう悟り、ここら辺で引き下がるべきと判断する。
「そうでしたか。非現実的な話ですわね」
 私の言葉に、院長は渋い顔をする。
 彼の様子から、院長はルンハルト殿下の境遇を知っているのだろう。
 ダリアと共に外に出ると、ふたたび子供たちに囲まれた。私は、ひとりの少女の前に屈み、彼女に尋ねた。
「あなたは、魔女の呪い、という言葉を知っている?」
 すると、すぐに答えがあった。
「赤目の呪い?」
 少女の隣の少年が、得意げに話す。
「知ってる! 悪魔を呼び出す悪い魔女は、赤い目をしていたんでしょ?」
 どうやら、赤目の呪いは、子供たちですら知っていことのようだ。幼い時に聞かされたのだろう。
 ダリアと目配せする。彼女は、肩を竦めて、声を張り上げて言った。
「そんなもの、ありはしませんよ! まったく、だいたい、魔女がほんとうにいるなら、あちこちで目撃証言が出てるはずですって」
「えー。でも、大人ですら信じてるよ?」
「きっと、見つかっちゃって魔女に消された(・・・・)のよ!」
 意識改革は、そう簡単にはいかないだろう。
 私は変わらず彼女たちと視線を合わせながら、さらに尋ねた。
「でら……もし、その魔女が味方になったら?」
「え?」
「そうなったら、とっても心強いわね」
 私がさらに話すと、子供たちは困惑したように顔を見合せている。ダリアがうんうんと頷いた。
「そうですよ。強大な力を持ってるなら、味方になったら大助かり! 怖いものなんてありませんよ!」
「そうかもしれないけど……」
 眉を下げ、少女が言う。
「でも……魔女だもん」
「魔女が味方になったら、エリセリュン王国は世界で一番の国になるかもしれないわよ?」
 私の言葉に、子供たちはさらに考え込んだ。子供なりに、エリセリュン王国に生まれた誇りというものがあるのだろう。自国が一番になるかもしれない、という仮説は、彼女達のこころを疼かせたようだった。
 先程まで、魔女は悪いものだと言っていたのに、多少考えが変わったようだ。悩みながら、少女が言う。
「それは……いいかも」
「でも、赤目なんていないもん」
「もし、現れたら、ということ。不思議な力を使って国を助ける、なんて。私はとてもロマンティックだと思うけれど」
 そう話すと、徐々に影響されてきたのだろう。彼らの考えは変わっていったようだった。
 孤児院を後にし、馬車に乗り込むと、私は窓の外に視線を向けた。
 この国の、赤目に対する忌避感は、想像以上だ。ルンハルト殿下が、嫌われず、恐れられず、怖がられず、普通のひとと同じように過ごすようにするには、かなりの時間を要するだろう。
 時間をかけてゆっくり意識改革をするか、あるいは……。
 (多少強引だけれど、今の悪印象を利用して、それを正反対に作用させるか……)
 良くも悪くも、赤目というのはインパクトがあり、影響力を持つ。これを、反作用させることができたなら……。
 まつ毛を伏せて、考え込む。こればかりは、私ひとりで考えても仕方ない。持ち帰り、アルヴィン卿と作戦を練るとしよう。
 窓の外の風景が移り変わるのを見つめながら、私は今後の算段を立てていた。
 
 
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