側妃マリアの謀

 
 ──翌月、メッセージカードを受け取った。
 送り主はマチルダ様。
 寝る前に届いたので、私はネグリジェ姿のままペーパーナイフで封を切った。そこに書かれてる文言を目にして、微笑みをうかべる。ダリアが、尋ねてきた。
「マチルダ妃はなんと?」
「問題は特に起きていない、とのことよ」
 メッセージカードには、とても短い文章が書かれていた。
 【敬愛なるマリア妃
 毎日、健やかに過ごされていらっしゃいますでしょうか。エリセリュン王国も夏の盛り。
 来月の蛍祭が楽しみですね。
 私も、問題なく過ごしております。
 夜会を楽しみにしています。
 マチルダ】
 一見、何の含みもないメッセージに見えるけれど、これに他の意味が隠されている。
 あの日、マチルダ様と晩餐会を抜け出して、夕食を共にとった際、私は彼女にある提案をした。
 それは──
 『私の母国、モントヴァルト王国は、エリセリュン王国に危機感を抱き、私を嫁がせました。それは、セレニア皇国も同様なのではありませんか?』
 私の問いかけに、マチルダ様は動揺した。
 それが答えだと悟った。
 『そういった意味を持つ政略結婚ですから、私たちはエリセリュン王国に強く出られない。私達は、人質も同様ですから』
 『…………』
 マチルダ様は、悲痛な様子でまつ毛を伏せた。悲しげな彼女に寄り添うようにして、私は彼女を説き伏せる。エリセリュン王国にとっては、毒となる言葉を。
 『モントヴァルト王国と、セレニア皇国で同盟を組んでしまえばよろしいのです』
 『え……』
 『互いに睨み合っているからこそ、この緊張感が続いているかと存じます。モントヴァルト王国、セレニア皇国、エリセリュン王国、そして、このどの国とも国交を持たないルナリア王国。これらの国の中でもっとも国土が大きいのは、エリセリュン王国。だけど、もしモントヴァルト王国とセレニア皇国が手を組んだら……?』
 『それは……。でも、私の一存では』
 『母国に手紙をお書きなさいませ。マチルダ様が置かれている状況と、そして、ここにはモントヴァルト王国の元王女がいることを。私も、お父様に手紙を書きます。これは、政略結婚。政略結婚には、他国を探るという間諜的意味合いも含まれています』
 私の言葉に、マチルダ様は意表をつかれたようだ。目を見開いて、唖然としている。
 頬を叩かれたような衝撃を受けている彼女に、私はさらに言葉を重ねた。
 『私達は互いに、王女という立場にあったでしょう。皇国の姫なら、あなたは皇国のために生まれてきたのでしょう。この婚姻を、無為に消費されるものではなく……意味のあるものに、変えたくはありませんか?』
 マチルダ様は、黙り込んでしまった。悩んでいるのが、強く伝わってくる。もし、失敗すれば──エリセリュン王国の陛下の耳に入ったら、それはエリセリュン王国と、セレニア皇国の関係悪化に繋がる。同盟破棄も有り得るし、場合によっては反逆者として、マチルダ様は処刑される可能性すらあった。それは、私も同様だ。
 この企みは、誰にも知られてはならない。
 『私たちは、互いに国を背負って嫁いできた王女。王女なら、その責務を果たさなければと……私はそう思います』
 『──私は』
 マチルダ様は細い声を出した。
 声は細いものの、視線は彷徨いはせず、何か考え込んでいるようにテーブルの上に固定されている。その後、沈黙が続いた。長い間だった。
 私は急かすことなく、彼女の答えを求めた。
 突然こんなことを言われて、混乱する彼女の気持ちもよく分かるからだ。
 この国において、私とマチルダ様の立場が低いのは既に理解している。国のために我慢する、というのも立派な王女の責務だ。
 だけど、それは自身の矜恃を貶めているのも同義なのでないだろうか。
 少なくとも、モントヴァルト王国やセレニア皇国の民が知ったら、不快だろう。他国に謙るなど。
 それに私としても、一矢報いたい思いがあった。
 悪女と罵られようと、蜘蛛女と恐れられようと構わない。
 ルンハルト殿下が笑えないこの城に、意味などない。
 『私は……私も。皇女としての、責務を果たしたい』
 そして、ハッキリとマチルダ様は言った。
 顔を上げた時の彼女の顔に、もう迷いはなかった。
 『私は……気が弱くて、意見もはっきり言えない弱い女ですが、私にも、プライドがあります。ここまで言われて、逃げ腰になる臆病者にはなりたくありません』
 『マチルダ様……』
 マチルダ様は眉を下げたまま、微笑んだ。
 『皇帝陛下にお手紙を出します。……このまま、この城で朽ちるくらいなら、私も、一世一代の賭けに出てみたい。マリア様、私はあなたに私の人生をベットします』
 賭け事など苦手だろうに、マチルダ様はそう言った。私に全てを託すと。
 マチルダ様と出会ってから、まだ間もない話も、そんなに交わしたわけではなかった。
 それでも、彼女は彼女なりに考えて、私の企てに乗るという。
 (焦ってはだめ。慎重に動かなければ)
 ルンハルト殿下のことを思うと、気がはやるけれど、焦りは禁物。焦りこそ、失敗を招く根源。
 ゆっくりと、着実に。蛇が静かに移動するのと同じように、静かに動かなければならない。
 そして──今、マチルダ様から返事があった。
 このメッセージカードが意味するところはつまり、セレニア皇国皇帝陛下から手応えのある返答を得たということ。
 次の夜会で、詳細を話すということだろう。
 今後の連絡をするにあたり、私とマチルダ様はひとつの制約を設けた。
 密会では、どうしたって足がつく。
 そのため、連絡は必要最低限に。
 連絡のやり取りは、メッセージカードにして、文章量を極力抑える。
 万が一、第三者の目に触れても誤魔化せるように。
 読み終えたメッセージカードは、ほかのものと同じように引き出しにしまった。木を隠すなら森の中、というわけだ。
 (だけど、二国間の同盟では少し弱い……)
 モントヴァルト王国、セレニア皇国の立場を絶対的なものにするには、もうひとつ布石が足りない。
 (謎に包まれたルナリア王国……この国をエリセリュン王国が取り込んでいたら、各国の対立に繋がる)
 それだけではない。ルナリア王国とエリセリュン王国の合同軍と、モントヴァルト王国とセレニア皇国の合同軍の、戦争になってしまう可能性もあった。
 ルナリア王国の状況さえわかれば……。
 (姉様を頼る?)
 何度となく考えた選択肢を却下する。
 ルナリア王国国王の考えが読めない以上、たとえ姉といえど、この計画を漏らすわけにはいかない。私の姉といえど、姉様はもう、ルナリア王国の人間だ。
 姉様は責任感が強く、王家に生まれたものとして、王女としての責務を誰よりも理解していた。
 妃といえど、姉様は私から手紙が届き、それにこちらの内情が記されていたら、それを陛下に報告するだろう。
 慎重にならなければならない今、博打に出るのは危険だ。
 そう考えていたところで、後日、私はダリアから思いもしない手紙を受け取ったと報告を受けることとなる。
 
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