側妃マリアの謀
第9章
アルヴィン陛下自ら筆をとった論文が発表されると、やはり話題を集めた。特に、赤い目は王族の血の特徴だという内容は、今までの偏見も含め、大きな混乱を呼んだようだ。
「それにしても、即位式の際の国王陛下はとてもカッコよかったですね〜」
私の髪を編みながら、ダリアが言う。
本日は、私がエリセリュン王国にきてから二度目の聖夜祭。
先日、アルヴィン陛下は正式に王位を継承された。その際に、彼が言った言葉が──
「『自らを持って、この目が呪いでないと証明しよう』……でしたっけ!? すっごいですよね! あれで胸を打たれた国民も多かったそうですよ!」
アルヴィン陛下は、儀式を終えて国民へのパレードの際、突然馬車から降りて、宣言したのだ。
先程ダリアが言ったセリフを、そのまま口にしたという。
突然現れた国王の姿に集まった民はとうぜん驚き、そして続いた言葉に感動した……らしい。その時の騒ぎは相当なものだったようで、遠く離れた王城にまで彼らの声が聞こえてきた。
「すっごいですよねぇ。たった一言で人心掌握しちゃうんですから!」
「ふふ。陛下はカリスマ性のある方ですものね」
彼は、自身の言葉に説得力がある。ハッキリとした声に迷いは感じられないし、彼についていこう、と思わせる力があるのだ。
アルヴィン陛下は赤い瞳をしているけれど、研究棟に馴染んでいるのは、ひとえに彼の人柄ゆえだろう。
その時、櫛を手に持つダリアの手が止まる。
ハッとしたように彼女が言った。
「あっ!! 見とれたとかじゃありませんから!! そこはご心配なく! すごかったな〜って一国民てして感動しただけですから!!」
「そんな大声で言わなくても、私もマリア様も誤解なんてしないわよ。……ですよね? マリア様?」
エラの言葉に、私はくすくすと笑いながら頷いた。アルヴィン陛下が即位し、ルンハルトの周りにひとが増えてきたあたりから、エラは私のところに戻ってきた。今でも、定期的にルンハルトの元に足を運んでいるらしい。エラとダリアが揃っているのも久しぶりだ。
ダリアも、エラが戻ってきて嬉しいのだろう。楽しげにしている。
「それにしても、陛下とマリア様のご結婚式が楽しみですね〜〜!! 寝て起きたら結婚式だったら良いのに」
「またそんな無茶苦茶を……」
エラが遠い目をして、花瓶から花を抜き取る。赤い薔薇は、アルヴィン陛下とルンハルトの目を思わせる。エラの言葉に、ダリアがムッとしたように、自身の腰に手を当てた。
「だって、春よ? 春! 待てないわ!」
そう、ダリアが憤慨したように言った。
「早い方じゃない。王族の結婚なんて、本来もっと時間がかかるものよ。年単位でなくてよかったわ」
「えええ、そんなに時間がかかるものなんですかぁ!?」
エラの回答に、ダリアが悲愴な顔をした。
この感じも、ずいぶん久しぶりだ。やはり、ダリアとエラ、ふたりでセット、という感覚が強い。そういえばふたりは、モントヴァルト王国にいた時からよくこんなやり取りをしていた。
私とアルヴィン陛下の結婚式は、来春を予定している。前回の……前国王陛下に嫁いできた時は、書類のみで完結したので、結婚式をあげるのは私も初めてのことだった。
私がアルヴィン陛下と結婚することに、市井の反応は、というと──。
(思った以上に批判されなかったわ……)
というより、話題にならないのだ。
休みの日に王都に出たダリアとエラの話によると、アルヴィン陛下の印象が強すぎて、まったく私との結婚は話題になっていないのだとか。時折、アルヴィン陛下の話に引きずられるようにして話題にのぼる程度だという。
前国王陛下の体調不良により、王位交代が起きた。
しかし、私と前国王陛下の婚約は、モントヴァルト王国とエリセリュン王国の政略結婚であり、一種の契約。マリア妃はそのまま、引き継がれる形でアルヴィン陛下と結婚する。民の認識はそのようなところらしい。
マチルダ様は、印象の薄い妃ということで私以上に話題にならないらしい。
時々話題になっても『マチルダ妃は繊細だったため、エリセリュン王国の気候に馴染めず苦労した。前国王陛下が退いたことをきっかけに、セレニア皇国に帰国された』と噂されていた。
マチルダ様はやりたいことを叶えるためにセレニア皇国に帰国したけれど、それでは体裁が悪い。そのため、彼女の帰国理由は体調不良と発表していた。
(アルヴィン陛下は、混乱が起きることを予期して、事前に新聞社を抑えていた)
最初は国民の感情に大きな影響を与える大衆紙のみだったらしいけれど、いつの間にか高級紙まで抑えたというのだから驚きだ。
一体、アルヴィン陛下はいつ眠っているのだろう。
アルヴィン陛下の睡眠時間が心配だ。
だけど今は、ひとまず。
(聖夜祭を楽しみましょう)
今年から、聖夜祭ではルンハルトの誕生日を祝うようになった。
昼はルンハルトの誕生祭、夜は通年通り聖夜祭を行うことにするとアルヴィン陛下が宣言したのだ。
髪のセットが終わると、私は席を立った。
鏡の中には、いつもと同じように冷たげな印象を与える金髪の女が映っている。
だけど、以前よりは、この容姿を気に入っている。にこりと笑みを浮かべると、鏡の中の私も、同様に微笑んだ。
時間になり、扉がノックされる。
現れたのは、アルヴィン陛下だ。本日の私のエスコートのため、彼が迎えに来てくれたのだった。
エラが取り次ぎ、部屋の外に出る。今宵の私のドレスは黄色。だけど、裾に銀のラインをあしらっている。髪には、赤の薔薇が差し込まれており、どちらもアルヴィン陛下の色だ。
それに気がついたのだろう。彼が、くすぐったそうに微笑んだ。
「……自惚れても?」
「あなたの色です」
答えると、彼が黙った。
応えがないので不思議に思ってアルヴィン陛下を見ると、その頬が──
「見ないでください、今は」
彼が手を前に出して、視線が遮られた。
私は、アルヴィン陛下の手首を掴んで下ろすと、まじまじと彼の顔を見た。観念したのだろう。彼が、ちらりと物言いたげに私を見た。
「……見ないでくださいと言ったのに」
「照れていらっしゃる?」
アルヴィン陛下の目尻は、ほんのりと赤く色付いていた。
「思ったより、衝撃を受けたことに驚きました。こうも、嬉しいものなのですね。好きなひとに自分の色を纏ってもらえる、というのは」
彼の言葉に、私は胸をなでおろした。
というのも、少し不安に思っていたからだ。
「喜んでいただけましたか? 少し、不安だったのです。あなたの色を纏う、なんて、なんだかすごく大それたことをしている気がして」
「あなたは何も分かっていない」
アルヴィン陛下が、私の下ろした金髪を、手ですくいあげる。その髪先に口付けを落として、彼は言った。
「……あなたの言葉、視線、一挙手一投足に、意味を見出してしまう。私は、そうだったら、と願ってしまうのです。……分かりますか? 私は、あなたが思っている以上に、あなたに惹かれている」
「──」
ストレートな言葉に、私は目を見開いた。
じわじわと、頬が熱を持つ。
「あまり、可愛いことをしないでください。私の身がもたない」
「かわ……」
私を可愛いというひとを、私は姉様以外で初めて見た。意味をなさない二文字の言葉を口にするだけの私に、アルヴィン陛下が困ったように笑った。
「これでも、抑えている方なんですよ。……ほんとうに、困ります」
「な、何が……ですか?」
「日に日に、あなたに惹かれていることに。ですから──マリア」
アルヴィン陛下が、私の髪の先に口付ける。
髪に神経は通っていないはずなのに、いやに落ち着かない。そわそわとする私に、アルヴィン陛下が言った。
「早く、私を好きになってください」