側妃マリアの謀

 
 陽も陰り始めた頃、私はルンハルト殿下と別れた。自室に向かう途中、ダリアは涙ぐみながら言った。
「うっうっ……。ルンハルト殿下を放置するなんて、セラフィーナ妃は一体何をお考えなのでしょうね!?」
 それに答えたのは、エラだ。
「調べたところ、セラフィーナ妃はルンハルト殿下を完全にいないものとして扱っているようです。侍女や侍従を殿下につけて身の回りの世話をさせるどころか、まったくの放置。恐らく、アルヴィン卿が手を貸さなければもっと酷いことに……」
 エラはハッキリとは言わなかったけれど、アルヴィン卿の介入がなければ、ルンハルト殿下は既に亡くなっていたかもしれない……。そう言いたいのだろう。食事の手配も、着替えも、入浴も、何もかも手配されていないのだ。
 ルンハルト殿下は、現在四歳だと言う。四歳の子供が、ひとりで身の回りの世話ができるはずがない。
 エラが声を潜めた。
「……侍女仲間にそれとなく話を聞いてまいりました。セラフィーナ妃は、おそらく」
 そこで、丁度話題の人物が向こうから歩いてくるのに気がついた。足を止めると、エラも気がついて口を噤んだ。
 向こうも、私に気がついたようだ。私を見ると、眉を寄せ、不愉快そうな顔になった。
 カーテシーをとり、挨拶をする。しかし、セラフィーナ様は、私の前で立ち止まる。何か言いたいことでもあるのだろう。
「ごきげんよう、セラフィーナ様」
 
「そうそう、聞きましてよ。マリア様。あなた、モントヴァルト王国でも孤独だったとか。お可哀想。もう少し愛想というものを身につけてはいかが?」
「まあ……。わざわざご忠告をありがとうございます。ご親切に、教えていただけるなんて光栄ですわ。ですが、ご心配なく」
 私の言葉に、セラフィーナ様の眉がぴくりと動く。
「愛想良くする相手は、選んでおりますもの。誰彼構わず、人当たりよくすると、不必要な噂を呼んでしまうでしょう? 私は……生まれが、王家だったものですから。親しくする相手はより、選ぶようにしているのですわ」
 つまり、セラフィーナ様への態度は意図的である、という回答だ。わざと、セラフィーナ様には愛想良く接していない、あなたにそうする必要は無い、という言外のメッセージに、彼女も気がついたのだろう。
 そして、私の生まれを示唆する言葉に、彼女はいやにプライドを刺激されたようだった。
 パクパクと口を開閉しているけれど、返す言葉が思いつかなかったのだろう。
 私をやり込めたいのだろうけれど、私の生まれを否定するということは、モントヴァルト王国の国家を否定することと同義。正妃を目指しているのら、他国と関係を悪くすべきではない。
「っ……陛下が愛しているのはこの私よ!」
 そして、飛び出てきたのが、このセリフだ。
「勘違いしないことね。あなたは、あくまで政略結婚で娶られた側妃。私は、陛下と相思相愛で嫁いできたの。私が正妃になるのは、もはや時間の問題よ。……後悔しても、遅いのだから」
 彼女はそれだけ言うと、フンッと吐き捨てて私の横を通り過ぎて行った。
 彼女を見送ってから、私はエラとダリアに言った。
「……ルンハルト殿下の名前は、一回も出なかったわね」
「はい。……恐らく、セラフィーナ妃は……」
 エラが言葉に迷うようにしながらも、話を続ける。
「ルンハルト殿下の夭逝を……画策されているのではないか、と。使用人の間では専ら噂話となっているようです」
「……実の母親なのにね」
「世の中には、血が繋がっていても子を愛せない親もいるものです。……マリア様、どうされますか?」
 エラの言葉に、ダリアがまつ毛を伏せた。ダリアは元捨て子だ。彼女は、冬のとある日に教会の前に捨てられていたらしい。哀れに思った司祭様に拾われて、教会で育ったのだ。
 彼女とは、私が慈善活動で教会を訪れた時に出会った。
「決まっているわ。昨日、話した通りよ。お父様は、この結婚にモントヴァルト王国の立場向上を求めている。私もそれを理解して嫁いできた。……ほんとうは、あまり派手なことはやりたくないのだけれど」
 私はちら、と庭園に視線を向けた。
 もう、ルンハルト殿下は部屋に戻っただろうか。ジェイムズというひとが、迎えに来てくれただろうか。
 それだけが、気に係る。
「……そんなことを、言っている場合ではなくなったから」
 
 
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