側妃マリアの謀
第3章

 離宮に向かい、驚く。
 警備の兵がひとりも配置されていないからだ。
 (もし、ここに侵入者が入り込んだら……)
 そう思うとゾッとする。玄関扉のノッカーを叩くが、誰も出てこない。ダリアと目を合わせていると、遠くから足音が聞こえてきた。
 そして、突然扉が開かれる。中から現れたのは、黒髪の男性だった。
 私より、十歳以上年上だろうか。三十をいくつか過ぎたような風貌な男性は、体躯も逞しく、上背もあった。すぐにピンとくる。
「あなたが、ジェイムズ?」
 私が声をかけると、彼は面食らっていたようだった。ルンハルト殿下から私が訪ねることは聞いていただろうけれど、私の容姿に戸惑いを覚えているようだ。
 私は、この見た目が他者から冷たく見られがちであることを既に知っている。
 私よりリンゴ一個分は背の高いジェイムズはしきりに目を瞬かせながらも、頷いた。
「はい。私がジェイムズ・シクレンスターです。あなたは……」
「ご挨拶がおくれ申し訳ございません。私が、マリア・モントヴァルト・エリセリュン。エリセリュン王の第三側妃です」
「あなたが……」
 ジェイムズは私をまじまじと見つめた後、それが失礼にあたると気がついたのだろう。ハッとして言った。
「エラ殿より話は聞いています。どうぞこちらに」
 ジェイムズの後を続く。離宮は、もはや廃屋と言っていいほどに人気がなかった。足を進める度に、ギシギシと足元が音を立てる。老朽化も進んでいるようだ。
「側妃様をこんなところにお呼びだてして、申し訳ございません」
 苦笑して、ジェイムズが言った。
「ここは、長く使われていないそうです。ルンハルト殿下がセラフィーナ妃に追い出された後、私が殿下をここに連れてまいりました」
「追い出された……」
「セラフィーナ妃としては、どこぞで野垂れ死んでくれればという思いだったのでしょう。私が、ここにお連れしたのでルンハルト殿下は死なずに済みましたが」
「……とことん、セラフィーナ様は、ルンハルト殿下を嫌っているのですね」
 なぜ、という思いと、悲しみと、怒りが、交互に浮かんでくる。
 我が子なのに、どうして愛さないのだろうか。無理に愛おしめとは言わない。だけどそれでもせめて、母としての責任は果たすべきでしょう。それが、親の役目でしょう。彼女はそれらを全て放棄した。……ひとでなしだ。
 怒りを内包した私の声に、前を歩くジェイムズが答えた。
「セラフィーナ妃にとって、ルンハルト殿下は自身の汚点、なのでしょう。赤目を産んでしまった。その事実自体を抹消しようとしているように見えます」
「どうしてそこまで──」
 赤目を嫌うのか、と尋ねようとしたところで、目的地に到着した。立て付けが悪く、今にも蝶番が外れそうな木の扉は、しっかりと閉まりきらないようだ。
 少し開いた扉の取っ手を掴み、ジェイムズが扉を開く。古い扉は、ギィギイと音を立てた。
 
 扉の先、食堂には既にルンハルト殿下の姿があった。長方形の木の机のお誕生日席に彼は腰を下ろし、私を見つけると嬉しそうに笑った。
「マリア! きてくれたの?」
「こんにちは、ルンハルト殿下」
「こっちこっち! ここ! すわって」
 ルンハルト殿下が、自身の斜向かいを示す。
 私が腰を下ろすと、ジェイムズが申し訳なさそうに切り出した。
「私もご一緒してよろしいでしょうか」
 本来、使用人が主人と同じテーブルで食事をとることはない。許されないことだ。
 彼の提案に少し驚いたけれど、断る理由はなかった。
「ええ、もちろん」
 私の返答に、ジェイムズはホッとしたようだ。
 彼は私の対面に座ると、笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。実はいつも、ルンハルト殿下と食事を一緒にしているんです」
「仲がよろしいのですね」
「私は、ルンハルト殿下が好きですよ」
 ジェイムズの言葉に、ルンハルト殿下がくすぐったそうに笑う。ダリアとエラが配膳の支度を進める中、私は彼女たちに言った。
「あなたたちも一緒に食べましょう? 昼食はまだよね?」
 私の提案に、ふたりは揃って目を丸くする。
「食事は、大勢の方が楽しいもの。ね?」
 さらに言うと、エラは困ったように笑い、ダリアが笑顔で頷いた。
「では、ご同伴にあずかりますっ!」
 
 
< 7 / 26 >

この作品をシェア

pagetop