身代わりの結婚は本当の愛のために
 あきらかな嘘。それを聞いて、焦った様子を見せたのは父だった。おどおどとした調子で、詩乃に小声で言葉をかけている。
「詩乃、お前、そんなこと言わなかっただろう?」
「お父様は男性ですわ。こんなこと……」

 さすが、仕事で演技もすることがある詩乃は、はらはらと涙を流し始めた。
 さあ、これはどうなるのだろう。そう思いつつ、私は美味しそうな料理を食べる気にもならず、箸を置いた。
 
 そして、先ほど戸惑いの表情を浮かべていたその人を、ちらりと確認する。芸能人と言ってもいいほどの整った顔に、一八〇センチはあるかもしれない身長。シルバーフレームの知的な眼鏡……。そこまで考えたところで、眼鏡の中の瞳と目が合ってしまった。

 逸らさなければ──そう思った私だったが、「なにを撮ってるんだ?」その声が頭に響いた。
 声を出さなかっただけ自分が偉いと思ったほど、私は驚いていた。目の前にいたのは、先日、街中でつい写真を撮ってしまったその人だったからだ。
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