激甘嘘婚~冷徹社長は初恋秘書を手放さない~
(堂前朔也。相変わらず怖そうな人ね)

彼は社長の堂前(あきら)の息子だ。

たしか、由利より一歳年下の二十八歳。整った顔立ちではあるが、強面で無愛想、人付き合いも悪く社員に敬遠されていた。

社内の飲み会やイベントにはいっさい参加せず、誰かが世間話をしていると『黙れ』と言わんばかりに睨んでくるとか。

その上、社長子息なのに社内調整部という当たり障りのない部署に属しており、能力のないボンボンとも噂されていた。

社員の理不尽な部署異動には、必ず彼が関わっているらしい。

無能な彼の尻拭いが原因で異動になったのではと、まことしやかに囁かれていた。

一方で朔也の三歳年上の兄聖司(せいじ)は、サラサラの黒髪に優しい顔立ちのイケメンで、コミュ力が高く誰からも好かれていた。

若くしてIP管理部の部長をしており、次期社長との呼び声も高い。

(前からよく目が合う気がしてたけど、もしかして私、嫌われてる?)

一匹狼で我が道を行くタイプの朔也からすれば、同僚たちに囲まれガッツポーズをしながら意気込みを語るような女は、煩わしいのだろう。

同僚たちも朔也の存在に気付いたようで、いつの間にか息をひそめている。

「あの人、いつ見ても怖いですよね」

翠がヒソヒソ声で呟いた。

(まあいいわ。今後関わることもないでしょうし)

由利が、そんな風に気持ちを前向きに切り替えようとした時のこと。

「石立さん、ちょっと」

四十代そこそこの男性部長が、手招きをして由利を呼びつけた。

「はい!」

お祝いの言葉をもらえるのだろうと思い、由利はいつものようにキビキビとした動きで彼のもとに向かう。

すると部長が、にわかに表情を曇らせた。

「会長に呼ばれているから、すぐに会長室に行くように」

えっ、と場の空気が凍りついた。

翠をはじめ、皆がなにかを言いたそうな顔で由利を見る。

由利もゴクリと唾を飲み込んだ。

(会社に問題があった時しか動かない会長が、どうして私を呼ぶの?)

会長の堂前志乃(しの)は、ピュリラックスの創業者で御年八十歳。

今は運営を息子の社長に委ねており、よほどの問題が起こらない限り表に出てこない。

いわゆる会社のレジェンド的存在だった。

前回彼女が動いたのは、ピュリラックスの某キャラクターが海外のアニメキャラをパクったのではと、世間で騒がれた二年前のことである。

毅然とした態度で会見にのぞんだ彼女は、年齢を感じさせない巧みな話術で疑惑を一掃し、創業者の威厳を見せつけた。

由利はもちろん、志乃とは一度も話をしたことがない。

入社式で遠目に見て、オーラに圧倒されたことがあるくらいである。

(私、なにか悪いことした? いや、まったく身に覚えがないわ。もしかして、昇進のお祝いを言われるの? いやいや、そんなことで会長がいちいち社員を呼んだりしないでしょう)

不安を抱えつつ、由利は会長室に向かった。 
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