【長編版】天才幼女セラフィーヌ、ツンデレ辺境伯様とただいま領地改革中!
「大変ありがたいお話ではございますが……それはお受けいたしかねます」
「どうして?」
「私はもう料理人ではございませんから」
正面に座っていたミーナは、私たちの視線から逃れるように立ち上がると窓の外へ目を向けた。
「お嬢様はこの領地を立て直そうとしていらっしゃるの。あなたの力を貸してもらえたら――」
マルタの言葉を遮るように、ミーナは首を振った。
「……おりょうりは、ほんとうにもうしないの?」
「お嬢様が亡き旦那様に代わり、領地のために尽力しておられることに感謝しております。ですが、それだけはできないのです」
「それは、水質汚染のうわさのせい?」
ミーナがハッとこちらを振り返ると、エプロンを強く握った。
「三年前までは、この店にも大勢のお客様がいらしてくださいました。王都からも料理を楽しみに来てくださる方もいたのです。けれどあの噂ですべてが一変しました……この店で食事をしたというお客様が怒鳴り込んできた時のことが、今も忘れられません」
――毒入りの水で作った料理を客に食べさせたのか!なんて店だ!訴えてやる!!
「ひどい!けんさしても問題なかったのに!」
「ええ。毎日ここの水で料理をして食べていた私が、それは一番わかっておりました。でも、どうすることもできなかったのです」
お客を喜ばせるために作った料理を毒だと言われた。その時の光景が、今も彼女の中に焼きついているのだろう。
「私はもう、誰かのために料理をすることはできません。お嬢様のお力になれず申し訳ございませんが……どうかお許しくださいませ」
ミーナは静かに頭を下げた。自分でもどうにもできないほど深く傷ついた人の、精いっぱいの拒絶だった。
悔しい――本当に美味しいものや良い人たちが、たったひとつの悪意で傷つけられてしまったことが。
一度広がってしまった噂は、たとえ否定してもずっとついて回る。それは前世の世界でも同じだった。ましてやここは家格や社会的権威がものをいう世界だ。セラフィーヌの父がどれだけ安全を訴えても、田舎の男爵家では王都まで広がった悪評を覆すことはできなかったのだろう。
(噂を払拭するには、誰も否定できない科学的根拠と、それを保証する圧倒的な『権威』が必要なんだ)
「……わかった。いきなりお願いにきてごめんね」
「でも、ヴェルナーのお水も、おやさいも、ほんとうはおいしいって、みんなに知ってもらいたい。悪いうわさのせいで、いいものがなくなっちゃうなんておかしいから」
私はスケッチブックを胸に抱いた。
「ハーブティーごちそうさま。とってもおいしかったよ」
私はにこっと笑った。
ミーナの家を出て丘を下る道すがら、マルタが言った。
「お嬢様、お役に立てず申し訳ございません」
「ううんそんなことないよ、ミーナさんの気持ちもわかるもん」
「本当でしたら、私がお手伝いできればよいのですが……」
マルタは困ったように眉を下げる。
「マルタはもう、いっぱいがんばってくれてるよ」
屋敷には彼女しか使用人がいない。家事全般に屋敷の管理、双子のエリクとエリザのお世話まで一手に引き受けてくれている。これ以上まかせたら、今度はマルタが倒れてしまう。
「それにね、もうひとつかんがえがあるんだ!」
きょとんとするマルタに、私は胸を張る。
「セラがつくる!!」
「……お嬢様が?」
(っていっても自炊なんてほとんどしてこなかったんだけど……)
それでも、この領地をもう一度元気にするって決めたんだから、そう簡単に諦めたくない。
「どうして?」
「私はもう料理人ではございませんから」
正面に座っていたミーナは、私たちの視線から逃れるように立ち上がると窓の外へ目を向けた。
「お嬢様はこの領地を立て直そうとしていらっしゃるの。あなたの力を貸してもらえたら――」
マルタの言葉を遮るように、ミーナは首を振った。
「……おりょうりは、ほんとうにもうしないの?」
「お嬢様が亡き旦那様に代わり、領地のために尽力しておられることに感謝しております。ですが、それだけはできないのです」
「それは、水質汚染のうわさのせい?」
ミーナがハッとこちらを振り返ると、エプロンを強く握った。
「三年前までは、この店にも大勢のお客様がいらしてくださいました。王都からも料理を楽しみに来てくださる方もいたのです。けれどあの噂ですべてが一変しました……この店で食事をしたというお客様が怒鳴り込んできた時のことが、今も忘れられません」
――毒入りの水で作った料理を客に食べさせたのか!なんて店だ!訴えてやる!!
「ひどい!けんさしても問題なかったのに!」
「ええ。毎日ここの水で料理をして食べていた私が、それは一番わかっておりました。でも、どうすることもできなかったのです」
お客を喜ばせるために作った料理を毒だと言われた。その時の光景が、今も彼女の中に焼きついているのだろう。
「私はもう、誰かのために料理をすることはできません。お嬢様のお力になれず申し訳ございませんが……どうかお許しくださいませ」
ミーナは静かに頭を下げた。自分でもどうにもできないほど深く傷ついた人の、精いっぱいの拒絶だった。
悔しい――本当に美味しいものや良い人たちが、たったひとつの悪意で傷つけられてしまったことが。
一度広がってしまった噂は、たとえ否定してもずっとついて回る。それは前世の世界でも同じだった。ましてやここは家格や社会的権威がものをいう世界だ。セラフィーヌの父がどれだけ安全を訴えても、田舎の男爵家では王都まで広がった悪評を覆すことはできなかったのだろう。
(噂を払拭するには、誰も否定できない科学的根拠と、それを保証する圧倒的な『権威』が必要なんだ)
「……わかった。いきなりお願いにきてごめんね」
「でも、ヴェルナーのお水も、おやさいも、ほんとうはおいしいって、みんなに知ってもらいたい。悪いうわさのせいで、いいものがなくなっちゃうなんておかしいから」
私はスケッチブックを胸に抱いた。
「ハーブティーごちそうさま。とってもおいしかったよ」
私はにこっと笑った。
ミーナの家を出て丘を下る道すがら、マルタが言った。
「お嬢様、お役に立てず申し訳ございません」
「ううんそんなことないよ、ミーナさんの気持ちもわかるもん」
「本当でしたら、私がお手伝いできればよいのですが……」
マルタは困ったように眉を下げる。
「マルタはもう、いっぱいがんばってくれてるよ」
屋敷には彼女しか使用人がいない。家事全般に屋敷の管理、双子のエリクとエリザのお世話まで一手に引き受けてくれている。これ以上まかせたら、今度はマルタが倒れてしまう。
「それにね、もうひとつかんがえがあるんだ!」
きょとんとするマルタに、私は胸を張る。
「セラがつくる!!」
「……お嬢様が?」
(っていっても自炊なんてほとんどしてこなかったんだけど……)
それでも、この領地をもう一度元気にするって決めたんだから、そう簡単に諦めたくない。


