死なないで
「橙野さん?」

名前を呼ばれ顔をあげると高橋さんがいた。

高橋さんに連れられていつものカフェへ行った。

店内は真っ暗だった。

高橋さんがカウンター側だけに灯りをつけた。

「カフェオレでいいよね?」

私は頷いた。声を出す気になれなかった。

「松村くんと何かあったの?」

高橋さんはカウンターの内側に椅子を持ってきて私の向かいに座った。

私はカフェオレをすすった。

いつもと同じ味に少し、安心した。

「私全部受け入れられると思ったんです」

高橋さんはコーヒーを啜りながら黙って私の話を聞いてくれた。

「要のことどんな事があっても全部。でも無理でした。圧倒的に違う考えを示されて、受け入れられなかった」

高橋さんはコーヒーをすすった。

コーヒーの苦い匂いとカフェオレの甘い匂いが混ざっている。

カフェオレを飲むと口の中に甘さが広がった。

「人間ってさガチャガチャみたいなもんじゃん」

「ガチャガチャ?」

「そう。ガチャガチャってさ隙間から少しだけ中身が見えるじゃん。それで見えたカプセルの色的に、次、欲しいのがが来そうだって思って回すじゃん。でもいざ開けたら全然欲しいものじゃない。そういうことない?」

「あるかもです」

一生懸命に横から覗いて次に出そうなものを予想していた幼少期を思い出した。

「それでいらないものが出てきた時、橙野さんはどうする?」

「持って帰りますよ。捨てる訳にも行かないし」

「それと一緒だよ。開けてしまったなら持って帰らなきゃ。途中で捨てちゃダメだよ」

高橋さんは真剣な顔をしていた。

「ちらっと見えるだけの表面だけ見て、中身を知ったら思ってたのと違って捨てるなんて、やっちゃいけないことだよ」

高橋さんはコーヒーをひと口すすって言った。

「それに橙野さんはさ、松村くんのこと愛してるんでしょ」

初めて即答できなかった。

色々な顔の要が頭の中に浮かんだ。

そして動かない冷たい要が浮かんだ。

泣きそうになった。私はまだ要に死なないで欲しいと思っている。

愛の根底はその人が生きていることを願うことだ。

「愛してます」

高橋さんが笑った。

「じゃあやることはひとつだね」

私も笑って見せた。

「恋せよ若人だよ!行ってこい!」

残りのカフェオレを飲み干し立ち上がった。

高橋さんが背中をばしんと叩いてくれた。

もうブレない。

何があっても要のそばにいよう。そう心に誓った。

「高橋さん!ありがとう!」

店先まで見送ってくれた高橋さんに手を振り要の家へ走った。
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