精神障がい、性的違和の知暖が学んだ「真実の愛」と「人生の正解」を目指す道
5年生の頃から授業が難しくなると聞いた。5・6年生の授業についていけなかったわけではないが、当時から授業をやり直すとしたら「5年生からやり直したい」「永遠の小5」と思っていたくらいだった。

自分は知的障がいはないので、小学校の授業にはついていけた。聞いた通り、本当に難しかった。特に算数の授業が難しかったが、成績には問題なかった。

理科の思い出といえば、理科室の実験。本当にいろんなことを覚えている。でんぷんが唾液によって別の物質に変わる実験は、自分の唾液を使った。家族も「クラッカーを食べてすぐ甘くなるのはアミラーゼの影響」と今でも言うように、唾液にはでんぷんを糖にする力がある。

授業中の「ごはんを噛んでいるとなぜ甘くなるのかな?」という疑問についてを、母から聞いていたので「唾液がでんぷんを糖にする」と言ってしまった。余計なことを言ったとのちに思った。実験では糖に変わったなんてわからないけど、クラスメイトがテストに「でんぷんが糖に変わった」と書き、減点され、少し配慮すべきだったと感じた。

化学実験では、酸素を使った実験が成功したことが、いちばんの思い出。窒素、酸素、二酸化炭素。その気体を集気瓶に水上置換法で取り込み、火の点いたろうそくを入れるとどうなるかという実験。自分の班が酸素の実験で大成功した。

失敗例も授業内容で挙がる中、教科書通りと言うか、教科書の記載以上に激しく燃え、集気瓶の中は炎で真っ赤に染まった。成功したことに、当時はこの上ない喜びを脳で感じていただろう。他の班なんて注意深く見ていなかったが、確実に自分の班だけ目立って成功したように見えた。

物理の実験では、てこの原理を学んだことが特に記憶に残っている。シーソーみたいな実験器具だったので、上に乗ってしまい、しんじ先生に退場するように言われた。相当納得できなかったので、退場しなかった。多分イエローカードだったんだろう。クラスの男子が同じことをしたときはレッドカード(退場)になった。理科の実験は危険を伴うため、真面目にやらない人はしんじ先生が退場を命じる。

理科室で、これはやらないほうがよかったこと、失敗したエピソードは、理科室の排水溝の水をチューブで吸って飲んだこと。その頃は理科室での授業や水道で何が行われているか理解していなくて、先生か誰かに薬品を流していることを指摘された。健康被害は特になかった。

理科室で授業を受けていたら、強酸性と強アルカリ性、塩酸やアンモニア、その他実験に使った液体や物質などの後始末や手洗いに使っている水道だったと実感した。

マッチ棒で火を点ける実験では、マッチ棒に火を点けたあと、手を滑らせ、台の上に落としてしまい、卓上でボヤを発生させた。多分、そこまで大事にならない程度に、しんじ先生に助けを求め、本当に小さいボヤだったので、台布巾で消火した。卓上は外国のソーセージのようなスモーキーな匂いが残った。
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