Show Time!
Episode:Three ✩ 会議の始まり
アスカたちが住む『翠蓮町(スイレンチョウ)』。
この町には、日本国内でも魔力保持者が多く暮らしており、その理由として魔法師のトップである星導家と、魔術師のトップである湊ノ家が拠点としていることがあげられる。
基本的に冷戦状態なこともあり、魔法師と魔法師には、それぞれ守るべきテリトリーが存在する。
その境界線が翠蓮町の学校であり、隣接している一軒の屋敷『天の川邸』だった。
外からの見た目は洋風の屋敷であるが、素材に竹が使われていたり、飾られている花が日本のもの──今の時期だと、桜やハナミズキだったりするので、和洋折衷の屋敷、と言ったところだろうか。
「おや、星導の嬢ちゃんじゃないか。久しぶりだな」
堂々とした門の前に狛犬のように並んでいるうちの1人が、アスカを見つけて目を輝かせる。
手を振っているのは、アスカから見て右の男性。
左の男性も、声こそ掛けなかったが少しだけ安心したように目を細めた。
「はい。お久しぶりです、英よしさん、凰さん」
優しく微笑めば、2人も優しげな笑みを返してくれた。
この2人は、天の川邸を守る守衛であると同時に、アスカの父である悠希の元同級生でもある。
英義実(ヒデ ヨシミ)と凰眞也(オオトリ マサヤ)。
彼らは少々特殊な立場にある人物だった。
彼らは従兄弟同士であると同時に、それぞれ魔法師と魔術師という関係だった。
魔法と魔術の成り立ちは前述した通りであり、魔法と魔術の分けられ方は血筋ではない。
例えば始まりの時に、兄弟間で対立していたとしたら。兄は魔法師になり、弟は魔術師になる。そんな祖先を持つのがこの2人だ。
昔、それこそ悠希が中学生や高校生の頃は、互いにいがみ合い犬猿の仲であった義実と眞也。
しかし、悠希やサクヤの父である信士(シンジ)との関係を通して、軽口を言い合えるほどの仲になることが出来たのだった。
因みに、“義実”という男らしくない名前があまり好きではない義実が、悠希に“ひでよし”と呼ぶよう言っていた関係で、アスカも彼のことをそう呼んでいる。
「体調崩したりしてないか?最近は季節の変わり目で暑かったり寒かったりするからなぁ。俺もなんだかいつもよりダルい気がするぜ」
「馬鹿言うな。風邪の方から裸足で逃げてきそうなお前が、体調崩すわけないだろうが」
わざとらしく身震いする義実を笑いながらあしらう眞也。しかし、不意に真面目な顔になったと思うと、アスカを心配そうな眼差しで見つめた。
「なぁ、アスカちゃんが来たってことは、今日の会議……」
眞也はそこで、気まずそうに言葉を切る。
その意味を察した義実も、アスカへと目線を移す。
「そう、ですね。私の議題だと思います」
「──────そうか」
妙にしんみりした空気を振り払うように、今まで沈黙を貫いていた双子が明るく声を上げた。
「心配いりませんよ!私とミリが、アスカ先輩を守りますから!」
「ん、絶対…死守…!」
ファイティングポーズを取ってみせる双子に明るい笑顔を向けながら、義実は「だな」と同意する。
「俺たちにはまだまだ嬢ちゃんが必要だ。みすみす取られるわけにはいかねぇよな」
魔法師3人から暖かな視線を向けられたアスカは、穏やかに微笑む。
その期待が、今の自分には重すぎるものだということを、悟られないように。
「それに、アスカちゃんにはアイツが付いてる。サクヤが魔術師のトップである限りは、大丈夫だ」
眞也に、一切の悪気はなかった。
それどころか、アスカを励ますための言葉だった。
しかし、魔法師である彼らの脳裏に浮かんだのは、辛そうに顔を歪めながら、絞り出すように告げられたアスカの父、悠希の言葉だった。
『もう魔術師とは…関わるな…っ』
魔法師の中で、誰よりも魔術師に対して理解があった彼の言葉だからこそ、その命令は魔法師の心に棘のように刺さり続けていた。
勿論それは、アスカにも。
周りから認知されているほど仲が良いアスカとサクヤが今のように疎遠になったのは、アスカが父の教えに従っているからである。
父が生きていれば或いは、反発して今まで通りサクヤと協力してこの困難に立ち向かっていく未来もあったかもしれない。
しかし、悠希はもういない。
異を唱えるにも、意見を聞くにしても、遅すぎる。
そんな魔法師側の空気の沈みを察したのか、眞也は躊躇いながら口を開く。
「俺……何かまずいこと言ったか」
「あー…まぁ、色々あってな」
苦笑しながら言葉を濁す義実。
そこに敵意がないことを悟ると、眞也は安堵したように息を着いた。
微妙に崩れかけた空気を振り払うように、マリはわざと明るく声を上げた。
「さて!私達はそろそろ行きましょうか。遅れてイチャモンつけられたらたまったもんじゃありませんからね!」
にっこりと笑顔を向けられた面々は、お互いに顔を見合わせると、思わず微笑む。
マリは本当にこういった場での空間コントロールが上手い。
「そうだな。あの頭のかた〜い爺さんなら、5分前に着いたとしてもグチグチ言われそうだ」
「ははっ、違いない。急ぐに越したことはないね」
気を付けろよ、なんかあったら頼ってくれ、と手を振る2人に見送られながら、アスカ達は屋敷へと足を踏み入れたのだった。
***
「随分とゆっくりのご登場ですな。アスカ様」
大広間へと続く扉を開けた直後。
厳格そうな声が広間に響いた。
この声の主こそが、湊ノ家前々当主である湊ノ美喜(ヨシノブ)その人だ。
サクヤの祖父にあたるこの人物は、現在全ての魔術師が恐れる人物と言っても過言では無い。
それはサクヤも例外では無い。
むしろ、その恐れを誰よりも感じている。
「お待たせしてしまい、申し訳ありません。美喜おじ様」
深々と頭を下げたアスカを習って、マリとミリも頭を下げる。
その表情に、不満をありありと浮かべながら。
実際、今は集合時間の約5分前だ。
「まだ時間じゃないから大丈夫だよ、アスカちゃん。お茶でも飲んで、一息ついて」
そんな双方の軋んだ空気をものともしない、柔らかな声に、アスカは顔を上げる。
この空気の中で、そもそもアスカを“ちゃん”付けで呼べる人物は、サクヤを除けば1人しかいない。
「言葉遣いに気を付けろ。ユウヤ」
「申し訳ありません、おじい様。つい」
ユウヤと呼ばれた青年は、申し訳なさそうに苦笑する。そして他の人に気付かれないよう、そっとアスカにウインクを飛ばした。
彼はサクヤの従兄弟であり、湊ノ分家を束ねる若当主、湊ノユウヤだ。
歳はアスカやサクヤの1つ上。
魔法師を嫌悪することが多い魔術師の中では珍しく、アスカや冬路姉妹と分け隔てなく接してくれる。
こうして美喜との会話に割って入ることが出来る、極めて稀な人物である。
「ありがとうございます。ユウヤ先輩」
「どういたしまして。今日のお茶はウバらしいですよ、アスカ様」
僅かにおどけた雰囲気を纏いつつお茶を勧めるユウヤに軽く会釈をすると、アスカは席に着く。
カップに紅茶が注がれている間に、チラリと正面の席を盗み見る。
艶やかな黒髪にアネモネの刺繍が施された黒い羽織。
静かに目を瞑っている青年がいる。
その雰囲気には一部の隙もなく、張り詰めていた。
彼こそが、現湊ノ家当主、湊ノサクヤだった。
ゆっくりと隠されていた紅い瞳が姿を現す。
その紅がアスカの姿を捉え。
「───…」
サクヤは開きかけていた口を閉じ、視線を落とした。
掛ける言葉が見つからなかったのか、声を発することは無かった。
そしてそれは、アスカも同じだった。
サクヤを避け始めたのはアスカからだ。
何も説明せず、被害者面をして。
それでもサクヤは無理に聞き出すことはせず、アスカを守り続けている。
合わせる顔が、なかった。
「それでは会議を始めましょう」
重々しく告げられた始まりの合図に、アスカは静かに目を閉じた。