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Episode:Four ✩ 言えない言葉




静寂の間に、美喜の声だけが響く。
低く身体の底を震わせる声は、なるほど、魔術師に恐れられる存在というのは納得だった。

アスカ達の予測通り、今回の会議の議題も「破れた封印を“依代”を使って直すか」というものだった。
魔術師側の意見は「封印が破られてから半年経った。影も凶暴化し、日々の任務の危険度も跳ね上がっている。もう限界だろう」ということ。
魔法師側の意見は「アスカを“依代”として使うことは絶対に無い。何度も同じことを繰り返しているだけでは、誰も犠牲にせず封印をするなど夢のまた夢だ」ということ。

議論を続けていくうち、どんどんヒートアップした両者はお互いに議題と関係ないことを批判するようになった。

そもそも1度目の封印が破られた時点で“依代”の封印をしておくべきだったんだ。
影が強くなっているのは事実だが、それに対処できないのはお前たちの実力がないからではないか。
星導様を失いたくないから我々を貶めているのだろう。
だいたい湊ノ様は反対しているのに、どうしてお前たちは頑なにアスカ様を使おうとするんだ。
サクヤはまだ子供だ。我らの関係などまるで分かっていない。だからこうして大人である我々が合理的な方法を提示しているんだ。


「それに、我らはサクヤを当主とは認めていない!我らの意思を分かってくださるのは美喜様をおいて他にはいないのだ!」


魔術師の男がそう叫んだ時だった。


「サクヤのことを悪く言うのはやめてください!」


大広間全体に響く、凛とした声。
その声を耳にしたサクヤは驚いて目を開き、声の主へ視線を向けた。

表情に後悔の色を滲ませ固まる、アスカの方へ。

突然の否定に魔術師側はおろか、魔法師側も言葉を紡ぐことが出来ず、大広間は静寂に包まれた。


「皆さん、落ち着いてください。先程から口論の圧でカップが揺れてヒヤヒヤしているんです」


ゆっくりと穏やかな声が、静寂に溶ける。
優雅に紅茶を口に運ぶユウヤの姿に毒気を抜かれたのか、両者は幾分か落ち着きを取り戻し、気まずさに視線を落とした。


「アスカ様の意見はどうですかな」


突然美喜から声がかかり、アスカは喉元まで出かかった驚きの声を押し戻す。
アスカの意見───依代になるか、ならないか。
いくらサクヤがアスカの依代化に反対しようとも、他でもないアスカが了承してしまえば元も子もない。
だからアスカは今まで議論の場で、正式に意志を表明したことがなかった、否、出来なかった。

しかし、それで大切な人達を守れるのならば、潮時なのかもしれない。

そう思い、アスカはまっすぐ美喜の瞳を見つめ、口を開いた。


「おじい様、それは誘導尋問です」


声を発するのとほぼ同時。
アスカに言葉を紡がせまいと声を上げたのはサクヤだった。


「この有様を見れば、アスカが自分を犠牲にしてこの争いを終わらせようとするのは分かりきっています」


サクヤは背筋を伸ばし美喜を見詰めるが、机の下ではその握られた拳が小さく震えていた。


「ふむ…。ならばサクヤ、お前が自分でアスカ様に聞いてみればいい」


思わぬ提案に、サクヤは小さく声を上げる。
先程誘導尋問だと責めた手前、下手な質問は出来なかった。
だからと言って、素直に「依代になるな」とも言えず言葉を詰まらせる。

魔法師と魔術師双方が沈黙を保っていた。


「アスカちゃんは、“依代”になりたいと思ってる?」


その沈黙を破ったのは、やはりユウヤだった。
再び注目に晒され、言葉に詰まるアスカ。


「ならなきゃいけないとか、なったら丸く収まるとか、そういうのじゃなくて。死ぬことに未練は無い?やり残したことは、ない?」


穏やかに問われ、思考する。

“依代”になれば、きっとこの争いは終わる。
それが最適解だと、魔法師もわかっているはずだ。
それでも彼らは、アスカを失うまいと理由をつけて抗っている。

チラリとアスカは仲間たちを視界に捉える。
皆が心配そうに、しかしアスカを守ると覚悟を決めた瞳で彼女を見ていた。

彼らの期待を裏切ることが、アスカにはどうしても出来なかった。
役立たずの自分を、それでも仲間だと認めて。
その期待は、今のアスカには重すぎるけれど、いらないと切り捨てるにはあまりにも温かいものだったから。

視線を前に戻すと、サクヤと目が合った。
彼の瞳の中にある、心配と信頼の色が嫌という程分かってしまう。

両親を失った《戦争》が終わり、魔力を失ったアスカは家に閉じこもっていた。
学校に行けば、サクヤがいる。
しかし悠希の言葉があり、魔術師のサクヤには頼れない。
今まで唯一対等に話せていた相手に頼ることが出来ない現状が、さらにアスカを追い詰めていた。
それなのに、サクヤは侵入してはいけない魔法師のテリトリーに踏み込んでまで、アスカに会いに来たのだ。

『どうして俺を頼ってくれないんだ…!アスカが助けてって言うなら、俺は何でもするよ!だから…お願いだから顔を見せて…っ』

言いたかった。
本当は、サクヤに会いたかった、と。
でも、言えなかった。
もういない父の言葉に背くことが、アスカには出来なかったから。

『帰って…』

だから、この言葉も本心ではなかったのに。

『サクヤとは、もう敵同士なの…!』

涙が溢れた。
こんなこと、大好きなサクヤに言いたくなかった。

それ以降、サクヤがアスカを訪ねて来ることはなかった。学校ですれ違っても、話しかけてくることはなく、聞き出そうという素振りも見せない。
ただ“依代化”に反対して、アスカを守っていた。
けれどそれが逆に、アスカを信じていると表明しているようで辛かった。

自分は酷いことを言ったのに、彼は決してアスカを見捨てない。

だからアスカに未練があるとするならば。

サクヤこそが、未練だった。


「私は───」


声が震える。
なりたいと言えば、争いは終わる。
なりたくないと言えば、魔法師の仲間やサクヤはどんな手を使ってでもアスカを守るだろう。
アスカが意志を表明するというのは、そういうことだった。

全員が固唾を飲み、アスカの答えを待っていたその時。


「それも誘導尋問ではないのか、ユウヤ」


アスカの答えを聞く前に口を挟んだのは美喜だった。
指摘を受けたユウヤはにっこり笑うと「そうですね」とあっさり認めた。
そしてぐるりと全員を見回すと手を合わせ、優しく提案する。


「このままでは結論も出ないでしょうし、後日仕切り直すというのは如何でしょうか」


埒が明かないと感じていたのは皆同じだったから、美喜が席を立ったのを皮切りに、サクヤ反対派もそれに続いて部屋から出ていった。

魔法師はアスカに駆け寄り、慰めと覚悟を口にする。
アスカはかけられる言葉たちを受け止めてから、先に帰るように促した。

部屋に残ったのは、アスカ、マリ、ミリ。
そしてサクヤとユウヤだった。

気のおける人達だけになった途端、マリは我慢の限界と言わんばかりに不満を口にした。


「なんなんですか、あの人たち!アスカ先輩にもサクヤ先輩にも失礼ですよ!」


「マリ、争いの火種になるかもしれないから、そういう発言は控えるべきよ」


「アスカ先輩の意見は、正しい。でも、私はマリと同じ意見…です」


マリを落ち着かせながらもそう言ったミリの視線は鋭かった。
彼女も分かりにくいが怒っているのかもしれない。


「まぁ、意見が正しいかどうかはともかく、言い過ぎだったことは確かだ。魔術師を代表して謝るよ」


ユウヤがアスカたちに向かって申し訳なさそうに眉を寄せる。
頭を下げようとするのを、サクヤが制止した。


「ユウヤが謝ることじゃないだろ。魔術師の責任は、俺の責任だ」


でも、今回の矛先はお前でもあったわけで。と納得いかず食い下がるユウヤに首を振ると、サクヤはアスカに視線を向けた。


「それと、俺を庇ってくれてありがとう。アスカ」


優しくお礼を口にされ、息が詰まる。
お礼なんて、言われる資格は無い。
自分はもっと酷いことを言って傷つけたのに。
頭の中に、否定の言葉がぐるぐると回る。


「勝手に、口が動いただけ…」


結局、蚊の鳴くような声でそう告げるのが精一杯だった。


「ともあれ、今日は“依代”反対派が押され気味だった気がする。やっぱり、影の凶暴化が原因かな」


「そうだと思います。実際、任務の危険度は封印崩壊前に比べて格段に上がっていますから」


「今のところ死者は出てないけど、奇跡みたいなものだよね」


ユウヤとマリは揃って難しい顔をする。

彼らの通常任務は役職によって様々だが、その中の1つに見廻りがある。

影はどこにでも現れる。人間の負の感情を基盤にしているのだから当たり前と言えば当たり前のことだ。
しかし厄介なのは、実態を持った影が“魔力を持つ者”を狙うということだ。
魔力を持つことと、魔式を扱えることはイコールでは無い。高い魔力を持つが、魔法も魔術も扱えない人は存在する。そもそも魔力の有無など、魔式を発動させなければ分からないのだから。

そんな人々の安全を守るためにも、日々の見廻りは重要度の高い通常任務だ。
影が発生していないかを確認し、発見次第魔式で作り出した〈鏡里〉(キョウリ)と呼ばれる場所に閉じ込めて倒す。
〈鏡里〉はいわば裏側の世界。表の世界を傷つけないために先人が編み出した術だ。〈鏡里〉で建物などが破壊されたとしても、表の世界には影響しない。だから、アスカやサクヤが両親を失った《戦争》も、〈鏡里〉で行われた。
しかし、その中で戦ったとして、もちろん傷つかないわけは無い。〈鏡里〉で影が攻撃できるように、人もまた攻撃を受ける。そして攻撃を受ければ、死ぬ。

見廻りは重要度の高い任務であり、危険度の高い任務でもあるのだ。


「……やっぱり、私が“依代”になるべきだったのかもしれないわね」


それがわかっているからこそ、アスカはそんなことを口にしてしまった。
その結果全員の、特に彼の反感をかうとわかっていたのに。


「どうして…」


絞り出すような声に、アスカはパッと伏せていた顔を上げる。
正面に座るサクヤの表情を見た瞬間、自分が彼の努力を否定してしまったことに気が付いた。


「サクヤ───」


「どうして他でもないお前が、自分自身を諦めてるんだよ」


弁明しようと紡いだ言葉は、普段より低いトーンで発せられたサクヤの懇願に遮られてしまった。

サクヤとこうして正面から言葉を交わすのは随分久しぶりのことだ。もちろん、しっかりと感情を受け止めたのも。
どうしたらよいのか分からなくなったアスカが、声が出せなくなってしまったのは必然だった。


「俺はお前を“依代”にしたくない。失いたくない。これは俺の我儘だって分かってる」


けど…、と顔を歪めるサクヤの視線は力強くて。


「お前だって本当は“依代”になりたくないんだって、そう思ってたのに…!」


その時、「お願いだから」と叫んだ記憶の姿と今のサクヤが重なった。
そうか。あの時もサクヤは、今のように辛そうな顔をしていたのか。


「違う…、私は“依代”になりたいわけじゃ…っ」


咄嗟に口を塞ぐ。
だめだ。
この人たちの前でだけは、この言葉を言っては。
、、、、、
だって、私が“依代”化を拒否することは正しくないことだから。
彼らを間違った道に進ませるわけにはいかない。


「……そこまで言いかけるのに、言ってくれないんだ」


皮肉めいた言葉。
以前なら、絶対に向けられなかったであろう感情。

右耳で輝くピアスがシャランッと音を奏でる。
顔が伏せられ、シルバーの光が消えた。


「俺は、ただ一言言って欲しいだけなんだ」


「助けて」って───。


部屋がシン───と静まり返る。
ほぼ無意識に当たりを見回せば、3人と視線がぶつかった。
その言葉を待っているのは、サクヤだけでは無い。
この場にいる全員がアスカを想い、本人からの願いを待っている。


「言えるわけ、ない…」


湿った声に、弾かれたように顔を上げる。
瞳をうるませるアスカは、しっかりとサクヤを見つめていた。


「言ってどうなるの。今の私はお荷物でしかない。“依代”にならなかったとして、それで…っ」

、、
身を乗り出すのに合わせて、左耳でシルバーが輝く。


「みんなが期待するような働きはできないのに…!」


堪えきれなくなった涙が1粒、頬を伝う。
全員が言葉を失って、ただ呆然とアスカを見つめる。

紡がれる言葉から滲み出る、「もう期待しないで」というメッセージを読み取ってしまったから。


「アスカ先輩───」


マリがいち早く気を持ち直し声をかけると同時。
アスカは席を立つと、逃げるように部屋を後にした。

慌ててミリがその後を追う。
迷いなく見送ったマリは、くるりと魔術組を振り返ると困ったように微笑んだ。


「すみません、先輩方。今日はもうお開きで」


「それは構わないけど、すぐ追わなくていいの?」


「いいんです。あっちはミリが対応してくれますから。適材適所、ですよ」


にっこり笑った表情は、どこか寂しそうで。
サクヤとユウヤは何も言えないまま、部屋を出るマリを見送ったのだった。




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