Show Time!

Episode:Five ✩ ただのアスカ




日の光を浴びた金髪が、柔らかな光を放つ。
天の川邸を出たマリは、真上に昇った太陽を見上げながらこの後の行動を思案していた。
ミリはアスカに追いつけば連絡をしてくるはずだ。
だとすれば、むやみに動くのは得策では無いだろう。

本当は、今すぐにでも駆けつけたいのだけれど。


「あっ…!マリの嬢ちゃん!」


空気を斬るように響いた声に、マリは声の主を振り返る。
見ると、門のそばで心配したような表情の義実が手を振っていた。


「英よしさん。今朝ぶりですね」


「あぁ、会議おつかれさん。で、さっき星導の嬢ちゃんとミリの嬢ちゃんが走り去ってったんだが…」


パタパタと走り寄ると、義実は眉を下げて問いかけてきた。アスカがあの勢いのまま飛び出して行ったなら、心配になるのは当然だろう。


「ちょっと色々ありまして…。どっちに行きました?」


「あっちだ」


義実は右折する道を指すと、マリの頭を撫でた。


「嬢ちゃんのこと、頼むな」


頭に置かれた大きな手の感覚によぎる記憶。
父を亡くしてから感じることのなかった安心感。

マリはぐっと唇を結ぶと、無理やり笑顔を作った。


「はい!任せてください!」


手を振り送り出してくれた義実と眞也に手を振り返しながら、右折の道を小走りで進む。

アスカのことを頼まれたのは、なにも彼が初めてではない。
アスカを─星導家の魔法師を─守ることこそ冬路家に生まれた者の使命だ。
それに、マリもミリもアスカのことが大好きだ。
双子より権力を持つアスカは、本来ならば彼女たちを好きに扱えるだけの力がある。それでも幼い頃から幼馴染みとして姉のように接してくれたアスカは、双子にとって上下関係を除いても守りたいと思う存在だった。


「“私なんか”じゃ、ダメかもしれないけど」


憂いを帯びた呟きが風に溶ける。
マリもまた、胸に葛藤を抱えていた。

チリンチリンッ

軽やかなメロディーがマリの意識を現実に引き戻す。
ポケットからスマホを取り出すと、ディスプレイに映った名前を見て安堵に息をついた。


「ミリ?そっちはどう?」


立ち止まり、辺りを見回しながらマリは問いかける。
答えるミリは、電話越しでも分かるほど息が上がっていた。


『っ……いま…燐灰、宝石店…に、いる…っ』


「了解、追跡お疲れ様。すぐ行くから休んでて」


ミリの力ない返答を聞き終え電話を切ると、マリはひとつ深呼吸をした。


「[風よ]」


短い詠唱の後、軽く地面を蹴ると足元に小さな旋風が巻き起こり、マリの歩幅を大幅に伸ばした。

タンッ───タンッ───タンッ

飛ぶように駆けるマリの姿は、金色の羽を持つ天使のようだ。
風を切り辿り着いたのは、暗い路地だった。
レンガ造りの建物の狭間、ツタが踊るこの場所こそ燐灰宝石店への入口だ。
薄暗く先の見通せない路地には僅かに魔力が漂っており、時折粉雪のように七色の輝きが降っている。
その路地を少し進むと、右側にアンティーク調の立て看板が現れる。
燐灰宝石店と書かれた下には、鍵穴のようなものがある。

マリは服の下からネックレスとして付けていた鍵を取り出す。
大きさ5cmほどの小さな鍵には、黄金色に輝く六花型の宝石が佇んでいた。


「[星の瞬き 冬の軌跡 我、マリの名において 燐灰への道 開きたまへ]」


詠唱を終え、鍵穴に差した鍵をくるりと回す。
カチッという音と細かな光が瞬いた直後、足元から浅葱の光が溢れる。
それはみるみるうちに扉を形作り、ぼんやりとした輝きを放っていた。

慣れた様子でドアノブを回す。
開いた扉から溢れる光は、この暗い路地に似合わないほど眩い。明暗の差に目を開けていられないので瞼を閉じて先へ進むのもいつもの事。
店主曰く、怪しいものを入れないための“二重トラップ”だそうだ。


「冬路マリです〜」


いくら慣れているといっても、眩しいものは眩しい。
早く光を和らげてもらうために、マリは名乗りを上げた。


「あら、お早い到着だったわね」


キンッ───と澄んだ音の後にゆっくりと瞼を開ける。もう眩い光は姿を消し、クリアな視界を確保することが出来た。

ずらりと並ぶショーケースには、煌びやかな宝石が並んでいる。部屋全体に淡い魔力が漂っているが、悪酔いするものではなく自然の落ち着く気配。カウンターは下半分が上品な木材で上半分はガラス張りになっており、一等美しい宝石たちが佇んでいる。背後には、はしごが必要な高さまでずらりと書籍が並んでいた。

声の主はカウンターの上からひらりと椅子に飛び乗ると、こてんと首を傾げた。


「なにかあったみたいね?」


ピクリと立った耳、ゆらりと揺れる尻尾、艶やかな漆黒の毛並み。
何を隠そう、声の主はこの宝石店を営む片割れにして黒猫の琥珀(コハク)である。
なぜ猫が話すことが出来るのか、琥珀の正体は何者なのか。それはまた別の話。


「色々あったんですよ〜琥珀さぁん」


泣きつくように、若干の冗談交じりでカウンターへ近づきながらマリは答える。
琥珀はその名前通りに輝く瞳をすっと細めると、それ以上追求せずに右側、マリから見て左の長椅子の方へ視線を促した。


「ミリちゃんはそっちで休んでるわ」


従って見ると、長椅子に仰向けで転がるミリの姿を見つけた。
恐らくマリが来たのに気付いてはいるのだろう。
それでも反応するのが億劫なのか、声を上げることは無かった。

いくら魔法を使って移動できるとしても、相手はアスカだ。魔法が使えないというハンデがありながらも、本気になればマリやミリを撒くことは容易いのだろう。それでなければ、ミリがこんなにも疲弊しているわけが無い。


「アスカちゃんはそっち。アパタイトがお茶を持って行ったわ」


今度はカウンター左手のドアを指す琥珀。
マリはちらりとそちらを一瞥すると、困ったように微笑んだ。


「今は…やめておきます。アスカ先輩が出てくるまで、ここで待っていてもいいですか?元々新しい宝石も見たかったので」


「えぇ、もちろん。マリちゃん好みのものがあるから、用意するわね」




***




隣の部屋では、ティーセットがカチャリと音を立てていた。

窓からは柔らかな光が差し込み、部屋に飾ってあるモビールやサンキャッチャーが惜しみなくその輝きを放っていた。紅、蒼、翠、桃、橙、紫。様々な光が溶けて、混ざり合い、新たな色に生まれ変わる。
まぁ、窓を開けたところで、見える景色はどこにも繋がっていないぼやけた光なのである。

先程琥珀が示したドアの先。
宝石を磨いたり装飾品に加工する部屋は、個別のガラスケースに鎮座する宝石や、研磨用の道具などが揃えて置かれている。
アスカが膝を抱えて蹲っているのは、部屋を入った正面、作業スペースとは別の、薄くカーテンがかかった場所だった。

ティーセットを操る少女は優雅に紅茶を注ぎながら、ソファから動かないアスカを一瞥した。


「彼女、到着したんじゃないかしら。人払いの必要はある?」


「…そんなことできないよ。しなくていい」


唸るような声に、少女───機械仕掛けの人形ことアパタイトは小さくため息を着く。
それに合わせて滑り落ちた、マリよりも白銀に寄った金髪を耳にかけ直す。


「何があったのか。教えてもらえるなら、教えて欲しいのだけど」


ティーカップをアスカの傍のサイドテーブルに置くと、アパタイトはその場で姿勢を正しながら問いかけた。アスカはゆっくりと顔を上げ、カップへ、次にアパタイトへ視線を移す。
、、、、、
青緑と、瞳にしては美しすぎる青の輝きを見つめると、泣きそうに顔を歪めた。


「今日、会議があったの」


「えぇ。知っているわ」


「…久しぶりに、サクヤと会ったの」


「…えぇ」


「サクヤの前で、‘’依代”になればよかったかもって…言っちゃって」


アパタイトは沈黙を守っている。
サクヤに対して、その言葉がどのような意味を持つのか、なんとなくわかっているから。

アスカとアパタイトとの出会いは3年前。
元々この燐灰宝石店は悠希が贔屓にしていた店で、以前の店長はアパタイトではなかった。
アパタイトと出会う以前から悠希に連れられここへ来ていたアスカだったが、3年前のある日、アパタイトは突然現れたのだ。
聞けば、孤児であった彼女は魔法師である悪樓(アクル)家に召使いとして買われ、酷い扱いを受けていたらしい。そこから逃げてきた先が、この燐灰宝石店。当時の彼女は微笑むことすらなく生気のない瞳で、本当に“機械仕掛けの人形”という形容がピッタリの少女だった。
そんな彼女を変えたのが、琥珀と元店長だ。
1人と1匹はアパタイトに人の温もりを教え、彼女の壊れた心を少しずつ癒していった。
今では冗談を言ったり、笑みを浮かべることができるようになるほどに。その変化は2週に1度程度しか店に顔を出していないアスカでもわかるほど鮮明なものだった。
悪樓家でどんなことがあったのかは聞いた話でしか分からないが、アパタイトの左目が義眼なことから碌なことでは無いだろう。元々悪樓家は悪名高い家だったこともあり、アパタイトの件をきっかけに星導家が直に引導を渡したわけだが。

そんな事情もあり、アスカとアパタイトは親しくなった。立場的には、魔法師のアパタイトはアスカを当主として接するべきなのだが、アスカの必死な説得と悠希の許しによりあくまで“友達として”接するようにしている。アパタイトが砕けた態度をとる相手は、琥珀と元店長を除けばアスカだけだ。
ということはつまり、アスカとサクヤの仲も知っているわけで。


「彼を怒らせてしまった、と。そもそも、優しい貴方が今までその言葉を口にしていなかったことの方が驚きだわ」


「優しくなんて…堪えてたのは、サクヤの前でだけよ。あなたの前では随分情けない姿を見せてたでしょ」


そう言って、アスカは力なく笑う。
同い年の魔法師、それも相談できる立場となれば、アスカにとってはアパタイトしかいない。
もちろんマリミリも立派な相談役ではあるが、先輩として情けない姿は極力見せたくない。
なので燐灰宝石店へ来て一人で泣いている、なんてことは珍しいことではなかった。
今回ここへ来てしまったのも、その名残だろう。


「必死に当主たろうとしている貴方を、情けないとは思わないわ」


慰めの言葉に、アスカは少しむくれてみる。


「…今は、あなたの前では“ただのアスカ”だもん」


拗ねたような声に、アパタイトは数回瞬く。
最も権力を持つ彼女が、常に気を張って大人ぶっているのは知っている。そのアスカが、今は子供のように頬を膨らませて抗議している。
その光景が、なんだか微笑ましかった。


「そうね。じゃあ私も“ただの友達”として聞くけれど」


そう前置きして、アパタイトはアスカの隣に腰掛ける。お互い顔を合わせず、アスカは下を、アパタイトは少し顔を上げて心地よい空気に身を委ねる。

モビールが切なげに音を立てた。


「アスカはこれから、どうするつもり」


柔らかく、しかし感情の読めない声色で紡がれた問いは、静かに溶ける。
アスカは膝を抱える手にぎゅっと力を入れると、硬い声で返した。


「…わからない。わからないの」


その答えは何度も聞いたものだったけれど、アパタイトは口を挟まず小さく頷くだけに留めた。
今日は、他になにか伝えてくれるような予感がしたから。


「“依代”になりたいわけじゃない。サクヤを傷つけたいわけじゃない。封印を失敗させたいわけじゃ、ない」


でも…っ。

アスカは冷たい手をアパタイトの手に重ねる。
今は機械仕掛けの人形よりも、アスカの方が冷たくなっていた。


「今の私じゃ…何も出来ない…誰も笑顔にできないの」


じわりと目尻に涙が浮かぶ。
アパタイトはくるりと手を返すと、柔らかくアスカの手を握った。
この言葉も、この声も。彼女にとっては聞きなれたものだったけれど、だからといって何も感じないわけではない。


「私は宝石専門だから、宝石を使わない封印に対しては素人だけど。それって、今の貴方にもできることなの」


「…正直なところ、わからないみたい。そもそも私は未だに魔力が“なくなった”のか“封印された”のかわからないから」


「わからない?魔力封印だったんじゃ…」


「あくまでミリや専門家の見立てだから。みんなのことを信用してないわけじゃないけれど、自分の身体に魔力がないのを感じてると…どうしても」


「どちらにせよ、まずは貴方の魔力を復活させることに力を注ぐべきだと思うのだけど」


そう言ったアパタイトは、少し怒っているように見えた。アスカをどうする、封印をどうすると騒ぐ大人たちにイラつく気持ちがあるのかもしれない。


「研究担当の仮説には、今の私でも可能だという説もあるわ。“依代”になる条件は魔力量が多いことだけど、封印に必要なのはその膨大な魔力を受け止められるだけの器の方らしいの」


「だから魔力がない状態でも可能ですって?…そんな証明できない仮説に付き合う必要ないわ」


「そんなこと言ったら、証明できないことばかりよ。私たちはただ、古代の教えに従ってるだけ」


握られた温もりにゆっくりと心を溶かされながら、アスカは静かに目を閉じる。
カーテン越しの光は翠から蒼へと変わり、顔に輝く花を咲かせた。


「───アスカは、“依代”になりたくない」


不意に呟かれた言葉に、隣のアパタイトを見つめる。
それは疑問形ではなく、断定の形をとっていた。


「魔力を取り戻したい。魔法師に、戻りたい」


すくっと立ち上がると、アパタイトはアスカを振り返り強い眼差しで彼女を見つめ返した。


「そうよね」


「え、う…うん…?」


確認するように問いかけられたので返事をしてみたが、アパタイトの意図が分からず目を白黒させてしまう。
一方アパタイトはカーテンから出て行くと、何かを手に戻ってきた。その手にあったのは、ブリリアントカットされた蓋のガラスケースだった。抱えていた膝を下ろして身を乗り出してみるが、カットのせいで中身が分からず、首を捻るアスカ。


「予め伝えておくけれど、これにはなんの力もないわ」


そう前置きをしてから、アパタイトは蓋を開ける。
そこにあったのは金色の繊細な鎖に繋がれた宝石だった。透き通るような淡い蒼はペアシェイプ─所謂雫型─にカットされ、光を吸い込み反射している。

驚きに目を見開くアスカは、言葉に詰まりながらも問いかける。


「え…これ、は?」


「今年の初雪から生まれた宝石よ。時間をかけて粉雪から凝縮されたもの」


「私に…?」


頷くのを見届けたアスカだったが、どうしても手を伸ばすことが出来ずに硬直する。
そもそも何故アパタイトが突然これを渡したのかがわからない。貰う理由が、ない。

そんなアスカを見かねてか、アパタイトは理由を吐露した。


「これで呼び戻せるとは思っていないけれど、あなたの神霊にはこれがピッタリだと思ったの」


神霊という言葉に、アスカは息を飲む。魔力が封印されてから存在を感じることが出来なくなった“彼女”を思い出したから。

神霊(フュルト)は、魔式保持者がより力を増すために契約する存在だ。
神霊は神から精霊まで様々で、契約者の魔力量、その時の感情や生まれ持った性質など人によって異なる神霊が喚び出される。召喚の儀を行うタイミングも人によって異なるが、アスカが神霊を喚び出したのは10歳の誕生日。両親に見守られつつ召喚に成功したのが、“悲しみの精”と呼ばれる氷の精霊・グラキエスだった。白銀の髪と氷のような瞳を持つ美しい神霊で、表情の変化がない彼女に初めは戸惑ったものだ。それでも魔力が封印されるまでの約5年間、アスカを支えてくれていた大切な存在だった。
しかし魔力が封印されると同時に、アスカにはグラキエスが見えなくなってしまった。契約が切れたのか、姿を現せなくなったのか、詳しいところは分からないけれど、両親が亡くなったのと同じくらいアスカの胸にぽっかりと穴が空いたのは間違いない。


「でも、今の私には何も返せるものがないわ」


魔力があった頃ならば、魔法師としてお店に貢献することが出来たかもしれないが、今彼女が渡せるものはお金くらいだ。
元々アパタイトの生活費は星導家が援助しているため、それに上乗せという形になるが。


「別に、何かを返して欲しいわけじゃないわ」


「でも…」


「貴方がさっき言ったのよ」


アパタイトはアスカの手にケースを乗せながら視線を合わせる。お互いの蒼が混ざり合う。


「これは燐灰宝石店店長から星導家当主への貢物じゃない。“アパタイト”が“アスカ”に元気になって欲しくて作ったお守りよ」


アパタイトの瞳に驚いたアスカの顔が映る。
彼女はただの友達として、アスカを案じてくれているのだ。引っ込んだはずの涙が、また滲む。
手に添えられた温もりに、堪えきれなくなってしまった。


「もう…これ以上泣きたくないのに…っ」


ポロポロと雫をこぼすアスカを優しく抱きしめると、アパタイトはその背を優しくさすった。
何も言わずとも、優しい心は伝わっていた。

口数が少ない彼女が、アスカを想って行動を起こした。その事実が、とてもあたたかかった。




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