Show Time!
Episode:Seven ✩ 桜の香り
はるか昔。
陰影の封印を巡って戦いが起こったのは、この翠蓮町の地だったと言われている。
村の半数が滅ぼされ、少年を“依代”に陰影を封印した場所。つまり、翠蓮町のどこかに封印を守る結界があるということだ。
しかし、結界の場所を知る人はほとんどいない。
その場所を知っているのは、“守人”だけ。
***
あの後30分ほど泣き続けたアスカは、流石に人が増えてきたため天の川邸に移動していた。
サクヤの結界があるから、外からは見えないし聞こえないとはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしい。
その頃には連絡を見て急いで駆けつけた冬路姉妹とユウヤも合流して、魔力が戻ったことなどを説明しながらゆっくり紅茶を飲んでいた。
もちろん授業はサボりである。
「あの…」
おずおずといったようにアスカが声を上げる。
泣き腫らした目元は赤く染まり、心做しか頬も赤い。
「そんな目で見ないで…」
弱々しく告げられた言葉に、嬉しそうにアスカを見つめていた全員は揃って微笑んだ。
「そうは言っても、嬉しいんだからしょうがないじゃないですか」
「それに、アスカ先輩も…嬉しそう」
冬路姉妹にそう言われてしまえば、それ以上文句を言うことは出来ない。この2人は荒れたアスカを1番近くで見ていたのだから、喜びもひとしおだろう。
反論できなくなったアスカはカップを傾け、中身がもうないことに気がついた。
「注ぐから貸して」
向かい側に座るサクヤが、笑みをこらえた表情で手を差し出している。
アスカは困ったように眉を寄せながら抗議した。
「甘やかさないで」
「これぐらい、甘やかしてるうちに入らないだろ」
結局カップは奪われ、辺りにいい香りが立ち上る。
渋々お礼を言いながらカップを受け取ると、わざと話題を逸らした。
「そういえば、どうしてユウヤ先輩がここに?」
指名を受けたユウヤは、カップを置くとからかうように首を傾げた。
「俺がいたらダメだった?仲間はずれは寂しいなぁ」
「そういうわけじゃ…!」
「冗談だよ。校門辺りで息を整えてる2人を見つけてね。話してた時にアスカちゃんから連絡が来たから、きっとサクヤもそこにいるだろうと思って着いてきたんだ」
大正解だったね。とサクヤを一瞥するユウヤ。
そして視線をアスカに戻すと、静かに問いかけた。
「それで、アスカちゃんの魔力はどのくらい戻ったの?」
アスカは少し迷った後、手のひらを上に向けた。
「[炎よ]」
詠唱と同時に、手のひらの上に大きく炎が現れるが、直ぐに小さな灯火となった。
「これが今の全力です。使えはしますが、戦えるほどかと言われると…」
「他の人ならともかく、アスカ先輩なら本来の力の10%いくかいかないかくらいですねぇ」
隣で炎を見ているマリが、のほほんと呟く。
そのまた隣のミリはかけていた眼鏡を少し下にずらし、アスカを凝視する。ペリドットの瞳が銀色に輝く。
「でも…今まで中心に固まってた魔力が、全身に巡ってる。それだけで、大きな変化」
眼鏡を戻し、ミリは微笑む。
この銀色の瞳はミリ特有のもので、“魔眼”と呼ばれるものである。
魔眼と言っても性能は様々で一概には言えない。
ミリの魔眼は、普通は見えない魔力が“見える”というものだ。魔力の流れが淡く輝く粒子として見えるらしい。各々個別の色を持っていて、それで判断するのだとか。
というのも、ミリの魔眼は他と比較しても珍しいもので、翠蓮町に現存している魔式保持者では唯一だ。そのため、ミリ本人の報告でしかその性能を理解することができないのである。
ミリの魔眼は生まれつきのもので、常に魔力が見える状態だ。眼鏡は一時的に魔眼の力を抑えるもので、かけている間は魔力が見えなくなる。
余談だが、魔眼を持つ者は通常の魔式保持者よりも魔力を多く持つ傾向にある。そしてそれは、ミリも例外ではない。アスカやサクヤに及ばないにしろ、ミリも相当な魔力を持っている。
「そう、ね。ミリがそう言うなら」
「それでも、アスカちゃんはまだ戦場に出るべきじゃないよ。わかってるだろうけどね」
釘を刺すように告げられ、アスカは思わず肩を落とす。漸くみんなに恩返しができると思っていたから、余計に気が落ちた。
「魔力が戻る可能性があるってわかっただけでも、大きな進歩だよ。そんなに気を落とさないで」
そんな姿を見兼ねて、ユウヤは言葉を足す。
彼自身、アスカに魔力が戻ったことを喜ばしく思っていた。しかし、魔力が戻ったということは“依代”の役目を懸念なく果たせるようになってしまったわけで。手放しで喜べないのも事実だった。
「なぁアスカ。1つ気になってたんだけど」
紅茶を注いでから暫く考え込んでいたサクヤが、不意に声を上げる。
正面から眼差しを受け止めると、アスカは首を傾げた。
「うん?」
「さっきグラキエスは、『鍵を外した先に、アスカが感じてる違和感の答えがある』って言ってたよな」
「確かに…言ってた、わね」
絶妙に自信なさげな答えに、サクヤは苦笑する。
「お前、グラキエスに会えたのが嬉しすぎて、あんまり聞いてなかったな?」
「そ、それは…混乱してたの!」
図星を指され、気まずさに視線を逸らす。
予想通りの反応に、サクヤの視線が緩んだ。
「それで、その“違和感”っていうのはなんなんだ」
「それは…」
カップの中を見つめるアスカ。
正直、この違和感は言葉にするのが難しかった。
「上手く言えないんだけど…。なんていうか、時々“足りなく”なるの」
「足りない?」
「うん。無意識に何かを求めてたり、探してたり…。何をって言われると困るんだけど、でも」
水面に映るアスカの瞳が、憂いに細められる。
「大切な“何か”を、忘れてるんじゃないかって」
影が落ちた表情に、顔を曇らせる他の面々。
なんて声をかけるか迷い、サクヤが意を決して口を開きかけた時。
「私のこと、呼んだ…?」
アスカはパッと顔を上げ、そんなことを呟いた。
当然、先程まで沈黙が降りていたため、首を捻る。
顔を見合せ、またアスカへと視線を戻す。
「誰も呼んでませんけど…」
「え、でも…」
困惑しながら言葉を続けようとしたアスカだったが、不意に辺りを見回した。
「ほら、また…」
席を立ち、視線を中に彷徨わせる。
ミリも魔眼を使うが、特に何も見つけることは出来ずに、マリと目を合わせ首を振る。
その間に、アスカは扉を開けようと手を伸ばしていた。
「っと…!どこいくんだ」
慌てて腕を掴んだサクヤ。
なんだか、アスカが消えてしまうのではないかという不安が胸に渦巻いていた。
「呼ばれてるの…」
「俺も行く」
力強い言葉に目を見開く。
そうだ。本当のサクヤは、いつもこうだった。
きっとこの1年、サクヤはこう言いたいのを我慢してくれていたのだろう。
いつの間にか他のメンツも集まり、一様にアスカを見つめている。
前までなら、魔力がない非力な自分だからと卑下していたろうが、今なら少しだけ“アスカ”を心配してくれているのだと認めることが出来た。
「わかった。みんなで行きましょうか」
微笑みかけ、扉を開く。
アスカ自身、何に呼ばれているかはわからなかったが、行かなければいけないという確信がつき動かしていた。
天の川邸の廊下は、名前の通り星空に似ている。
壁は暗い焦げ茶で、群青のカーペットは銀糸が織り込まれている。今は午前中ということもあり、大きな窓から日が差しているが、月の浮かぶ夜はまさに天の川だ。
大広間がある2階から階段を下り、ホールに着いたアスカはキョロキョロと辺りを見回す。
耳をすましてみるが、呼び声は聞こえなくなってしまった。
「誰に呼ばれてるか、わかる?」
「ううん。声も聞こえなくなっちゃった」
手を引かれる形になったサクヤが問いかける。
残念そうに答えたアスカは右折して、階段の横にある大窓から空を見上げた。
「私を、どこに連れていきたかったんだろう」
そう独りごちた時だった。
不意に掠めた桜の香り。
導かれるようにそちらを向くと、花瓶に飾られた桜の花が目に入った。
何の変哲もない、ただの壁。
そのはず、なのに。
「サクヤ」
「ん…?」
握られた手が強ばったのを感じ、サクヤは同じ方を凝視する。
「ここ、何か変な感じがする」
後ろを着いてきていたミリが、静かに眼鏡を外す。
直後、僅かに顔を顰めた。
「どうしたの?」
その変化に唯一気がついたマリは、不審そうに問いかけるが、ミリは言葉を濁した。
「変…か。俺には普通の壁にしか見えないけど」
「うん。普通の壁なんだけど…なんか」
そう言い、壁に手を伸ばした刹那。
ふっと壁が消えた。
「えっ……」
体重を掛けていたアスカは、バランスを崩して転びかけたが、手を繋いでいたサクヤが腕を引いたことで免れた。
壁が消えた先は下る階段が伸びており、壁はゴツゴツした岩壁のようだった。
薄暗く、僅かな冷気が頬を掠める。
「びっ…くりした…」
「大丈夫か?」
「うん。ありがとう、サクヤ」
お礼を言い、また視線を階段へと戻す。
呼び声は聞こえなかったが、アスカが進むべき道がこの先にあることは確かだった。
「ユウヤ、これ知ってたか?」
「いや…。なんだろうね、罠の可能性もあるけど」
2人の後ろから中を観察するユウヤは、顎に手を当て思案する。
この屋敷の構造的に、ここに部屋は無い。外側から見ても空間があるようには見えなかったはずだ。もしかしたら、不可視の魔式がかけられている可能性もあるが、どちらにせよ隠された通路であることに変わりは無い。
「どうする?当主様方」
ユウヤからの問いに、サクヤはアスカの表情を伺う。
階段の先を見つめていたアスカは、みんなを振り返るとこう告げた。
「私は、行きます。きっと私が呼ばれたのはこの先だから」
意思の籠った言葉に、冬路姉妹が頷きで答える。
サクヤとユウヤも視線を合わせると、頷いた。
「あ、ちょっと待って」
それを確認し、踏み出そうとしたアスカを腕を引いて止めるサクヤ。
「なに?」
「俺を先に行かせて」
真剣な瞳に見つめられ、言葉が詰まる。
確かに先行していたが、今のアスカが本調子でないことに変わりはないのだ。
「…ごめん。私、足でまといだもんね」
自虐的に微笑むアスカにムッと眉を寄せると、サクヤは階段の1段目に足をかける。そして花のような形に構えた左手に光の玉を召喚し、振り向いた。
「違うよ。俺がアスカを守りたいからそうするだけ。お前が本調子でもこうした」
不機嫌そうに告げられた言葉があまりにも温かくて、何故か心がざわつく。
そんな心中を知ってか知らずか、今度はサクヤがアスカの手を引き、階段を降り始めた。
「ユウヤ、殿は任せた」
「りょーかい」
了承したユウヤは、冬路姉妹に先を譲る。
先頭にサクヤ、アスカ、マリ、ミリ、そしてユウヤの順で進む。
階段は思ったより短く、降りた先は平坦な道が続いていた。壁を照らすといくつもの傷がつけられており、ここで争いが起こったことが推測できた。
「なんか…洞窟っていうか、隠れ場所みたいな感じですね。入口もあぁだったし」
警戒を緩めず辺りを見回すマリ。
それに答えたのは同じく辺りを警戒していたユウヤだった。
「隠れ場所か。言い得て妙かもね」
「何か分かったんです?」
「いいや、あくまで推測だけど。ここは昔、シェルター的な役割を持っていたんじゃないかなって」
「なるほど。それなら入口が隠されていたのも納得できますね」
そんな会話をしながら進んでいくと、突如開けた場所に出た。
サクヤの灯りだけでは心許なかったため、マリが同じように灯りをともし、部屋に向かって投げる。
光の玉は壁に沿って進み、その全貌を明らかにする。
その間に松明を見つけたユウヤが炎を灯した。
照らされた場所は、何かの儀式の場に見えた。
アスカ達の正面には高さ10cmほどの大きな正方形の台があり、四隅からは細い柱が建っている。その柱の先端には、繋ぐようにチェーンが掛かりレースのように編まれている。
しかし台の真ん中には何も無く、なんの儀式が行われていたのかはわからなかった。
「なに、これ…」
「儀式場っぽいですけど、魔法陣も何もないですね」
呟くアスカに、儀式場を凝視しながら答えるマリ。
サクヤは手の光を消すと、アスカを振り返った。
「何か感じるか?アスカ」
「わからない…。でも、なんだか胸が苦しくなる」
不安そうにサクヤの手を握る。
不安からか体温が落ちた手を温めるように、サクヤも握り返した。
その時、今まで口を開かなかったミリが声を上げた。
「そこに、いるんですよね」
アスカ達は驚いてミリを見る。
ミリは歩いてきた道を厳しい眼差しで見つめていた。
彼女は今、メガネをかけていない。つまり魔力の流れを見ている。
「ちょっと、どうしたの?」
マリはミリの肩に手を添えて問いかけるが、ミリはそれには答えず、また暗がりに声をかけた。
「あなたが、アスカ先輩の敵じゃないって言うなら…出てきて下さい」
硬い声色に、全員はそれぞれアスカを庇うように戦闘態勢に入る。
少しの沈黙。
ミリが口を開きかけた、刹那。
「そういえば、ミリちゃんは魔眼持ちだったっけ」
諦めたような少女の声が響いた。
炎に照らされ、その人物が浮かび上がる。
姿を現したのは、アスカと同じ制服に身を包んだ、桜色の髪の少女だった。ひとつに編まれた三つ編みを緩く右肩に流し、切りそろえられた前髪からはシトリンの瞳が覗く。
「コトハ…!?」
「どうして…!」
ほとんど同時に声を上げるアスカとサクヤ。
信じられないものを見たように目を見開く2人に、辛そうに微笑んだコトハは、姿勢を正し、こう告げた。
「改めて自己紹介を。私は桜木コトハ───封印を守る、守人の一族です」