営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
 温かい指が頬の曲線をなぞる、その動きに、今度こそ心臓が止まるかもしれないと言うほど、鼓動が早まる。
 穂積先輩の顔がゆっくりと自分に近づいてくる。
 唇まであと数センチという場所で、もう一度同じ質問をされる。

「返事は?」
「……こんな距離で聞かれても……」

 どう答えていいのか、頭が全く働かない。
 先輩はふっと笑った。

「手を出す前に、許可をもらわないとだろ」
「……わ、わたしも……穂積先輩が、好きです……」

 最後の『す』を言い終えるのと同時に、穂積先輩の唇がそっと重なった。
 何度か短いキスが繰り返されて、ほんの少し深さを増す。受け止めきれないほどの熱量を与えられて、無意識に先輩の胸を何度か叩いた。
 だけど、今度は手首を軽く掴まれて、されるがままになってしまう。

 三十秒なのか、一分なのか、もっと長かったのかもわからない接触のあとで、先輩はそのまま腕の中にわたしを全部包み込んだ。

「あー。やば……」

 頭の上に落ちたその言葉に、それはこっちの台詞だと思った。
 だけど、身体に力が入らなくて何も言い返せない。
 今はただ、自分に与えられている温もりのすべてが、夢か何かみたいだった。
 

 面会時間が既に過ぎたからだろうか。タクシー乗り場は閑散としていて、しばらく待ったが車が流れてくる気配はなかった。
 だけどわたしが気になるのは、さっきから当たり前に手を繋がれていることだ。

「あの……どうして応和を辞めたのか、聞いてもいいですか?」

 緊張をそらすように、気になっていたことを尋ねた。

「あ、言いたくなかったら無理には……」
「いや、お前に隠し事をする気はないから、別に好きに聞いていいけど」
「そっ……そうですか」

 急な甘い空気に、なぜか恥ずかしくていたたまれない。
 そんなわたしとは対照的に、先輩は淡々と、少し遠くを眺めて話し始めた。
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