営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
「違う」

 穂積先輩は、強い声ではっきりと言った。

「音羽社長に紹介したのは、お前が特別だからだ」

 耳の奥に確かに届いているのに、意味を理解するより先に、息が止まりそうになった。

「あの……でも……ほ、穂積先輩は社内恋愛はしないって聞いたことがあってですね……」

 なぜ今そんな話を持ち出しているのか、自分でもよくわからない。
 だけど聞きたかった。今まで一度も聞けなかったこの人の本音を。

「あの……だから、わたしなんて眼中にないだろうなってずっと思ってて……」
「ああ、たしかにな」
「ええっ?」

 青くなるわたしをみて、穂積先輩がふっと笑った。

「鮎川に会うまでは、たしかに社内恋愛とか一生する気はなかった」
「…………っ」
「そもそも、職場で人間関係がごたつくのは好きじゃない」
「なる……ほど……」
「だから、お前が気になり始めたときも……言うつもりはなかったんだけど」

 穂積先輩は小さく息を吐いて、それからわたしの方へ身体ごと向き直った。
 逃がさないみたいに、真っ直ぐに視線が合う。

「でも、鮎川はなぜかほっとけなかったんだよな」
「……ほっとけない……?」
「泣き虫だし、無理するし、顔にも出る」
「そ、それ悪口ですよね……?」

 反射で言い返すと、穂積先輩が少しだけ笑った。

 その顔が自分だけに向けられているのだと思うと、胸が痛いくらい高鳴る。

「……気がついたときには、手放したくないと思った」

 目の奥が熱い。
 さっき泣いてばかりと言われた悔しさで、絶対に泣きたくないと思うのに、勝手に涙がせり上がってくる。

「……好きだ」

 また一歩、距離が近くなる。これ以上近づいたら、わたしの心臓の音まで聴こえてしまいそうなほどに。

「……だから、他の男の話と親しげにされると、思ったより余裕がなくなる」
「だ……誰かって……」
「企画の矢田とか、長谷部とか……」
「え!?」

 想定外の名前に、思わず聞き返しそうになった。

「あの、その二人とは何も関係ないですよ……?」
「あと、安藤と結構仲が良いのも気になってる」
「それは完全に勘違いです……!」
「じゃあ、返事は?」

 何かを言おうと唇を開こうとしたとき、穂積先輩の右手がわたしの左の頬を包んだ。
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