営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
 思わずペンを握り直し、彼女の説明にじっと耳を傾ける。
 初めは頭に血が上り冷静さを欠いていたけれど、プレゼンを聞くにつれて、自然と違う感情が湧き起こった。

 ……違う。あの設計は、その提案じゃ弱くなる。

 プレゼン自体は丁寧だが、ところどころ気に掛かる箇所が目についた。
 手帳を開いて、スライドを追いながら走り書きする。

 来場者ごとに動線を分岐させる発想自体は悪くない。
 でも、この分け方では体験の差が薄い。
 回遊率を上げると言うわりに、滞留ポイントの設計も甘かった。

 もし自分がやるなら、どうするだろうか。
 そう考えて、手帳の端にメモを追加する。

「そこ、気づいたか」

 隣から低い声で話し掛けられて、思わずペンが止まった。

「……え?」
「今、書いてただろ。動線の分岐が浅いって」

 見られていたことに、頬が熱くなる。

「……はい。発想は悪くないと思います。でも、この分け方だと、結局どの来場者にも似た体験になります。回遊率は上がっても、印象には残りにくい気がして」

 穂積先輩は、面白いものを見たように目を細めた。

「……お前、企画にいたわりには、現場の見方ができるんだな」
「今、褒めました?」
「事実を言っただけだ」

 穂積先輩はスクリーンから目を離さないまま、淡々と言った。

「けど、今日の論点はそこじゃない」
「え?」
「この企画が弱いのは、面白いかどうかじゃない。上に通す理由がないこと。
 決裁者が新商品の発表で一番欲しいのは、そのイベント後に何が残るかだ」

 穂積先輩はまっすぐ前を向き、手を挙げた。

「一点、確認してもいいですか」

 その声で、会議室の空気が変わった。浦沢さんの表情が少し硬くなる。

「……はい。なんでしょうか?」
「今回の企画、回遊率を上げる設計になっているのはわかりました。ただ、成果指標は何を想定していますか」
「成果指標……?」
「来場者数や満足度だけだと、営業としては提案しづらい。先方が欲しいのは、上に説明できる数字のはずです」

 浦沢さんは、言われている言葉の意味がわからないという顔をした。

「そこが曖昧なままだと、営業側からは提案しにくい」

 穂積先輩は責めるでもなく、淡々と指摘を続けた。

「面白い企画だとは思います。ただ、このままだと『良さそう』で止まる。先方が欲しいのは、上に説明できる根拠です」

 浦沢さんは言葉に詰まったように黙る。
 けれど、すぐに笑みを作り、手元の資料へ視線を落とす。

「もちろん、来場者数と回遊率は主要指標として想定しています。あとは、アンケートの満足度なども……」
「それだけだと弱い」

 穂積先輩の言葉に、会議室が静まり返った。
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