営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
 ◇

 会議室を出ると、廊下の空気が少しだけ冷たく感じた。
 浦沢さんは矢田さんとともに数歩先を歩いていたが、こちらを振り返ることはなかった。

 言いたいことは、山ほどある。
 けれど今ここで何を言っても、また同じことの繰り返しだ。

 そう思って黙っていると、隣を歩く穂積先輩がぽつりと言った。

「さっきの会議、どう見た」
「……浦沢さんの企画は、発想自体は悪くないと思いました。でも、成果の設計が弱いです」
「それだけか」
「え?」
「お前、もっと書いてただろ」

 見られていたのかと思って、手帳を持つ指に力が入る。

「……動線の分岐が浅いと思いました。属性で分けているだけなので、体験の差が出にくいです。もしわたしなら、ブースごとの反応や滞在時間を見て、次の案内を変えます」
「なら、それを覚えておけ」
「え?」
「悔しがるのは後でいい。使える視点は、仕事に使え」

 冷たい言い方なのに、なぜかその言葉だけは深く残った。

 穂積先輩は腕時計に目を落とす。

「このあと、十時半から外出する」
「外出ですか?」
「食品メーカーとの初回ヒアリング。さっきの案件に近い」
「わたしも同行できるんですか?」
「来るかどうかは自分で決めろ」
「行きます」

 即答すると、穂積先輩は少しだけ目を細め、すぐに前を向いた。

「なら、出掛けるまでに資料を読み直せ。先方が何に困っているか、自分なりに仮説を立ててこい」
「……はい」
「ただし、会議では無理に喋るな。今日は聞いて、考えるだけでいい」
「わかりました」

 そう答えながら、手帳を抱え直す。

 さっきまでの悔しさは、まだ消えていない。
 だけど、ただ痛いだけの感情ではなくなっていた。

 奪われたものを取り返すには、怒っているだけじゃ足りない。
 見えているものを、仕事に変えないと意味がないんだ。

 営業部へ戻る足取りに少しだけ力が戻った。
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