営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
「お疲れ、美月。会議どうだった?」
「うーん……、いろいろあったよ。でもここで話すことじゃないから、また今度聞いてくれる?」

 その言葉に、凜は何かあったな? と、察した顔をした。
 営業に異動した初日、一緒に飲みに行った夜に、凜には企画部でのことを打ち明けていた。

「今日ランチ行ける?」

 凜は、今すぐ聞きたくて仕方ないと目を輝かせている。その様子にくすりと笑ってしまうけれど、今は笑っている場合ではなかった。

「それが、十時半に穂積先輩と同行する予定が入って」
「そっか。じゃあ、また話聞かせてね」
「うん、ありがと」

 椅子に腰掛け、時計を確認してから資料を読み直す。
 クライアントは都内に本社を構える食品メーカー。
 今回の案件は、新商品の発表に合わせたプロモーションイベントの企画提案。競合他社も複数入っているらしく、資料には「慎重な姿勢」「前回施策の効果検証に課題あり」といった文字が何度も出てきた。

 ……通りにくい案件、ってことだよね。

 自分なりに要点をまとめながら、重要そうなページに付箋を貼っていく。
 数字の裏付け、過去の類似事例、競合との違い。
 ひと通り読んだ状態から、説明できる状態に持っていくには、まだ足りない。
 覚えることが山ほどある。だけど、夢中になれることがあることが、今は少し有り難かった。
 気づけば時計の針は約束の十分前。

「準備できたか?」

 後ろから声を掛けられて振り返ると、穂積先輩がすぐそこに立っていた。

「……はいっ、大丈夫です」

 思っていたよりも距離が近く、反射で逃げ腰になる。だけど、そんなわたしを彼は気にも掛けていない。

「なら行くぞ」

 ぶっきらぼうにそう言って、さっさと歩き出す。慌てて鞄を持って立ち上がり、その背中を追いかけた。
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