営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
「ただ、一点だけ注意する」
「え?」
「答え合わせみたいな出し方はやめろ」
「答え合わせ……?」
「相手の質問に合わせて正解を出すだけなら、後出しじゃんけんと同じだ。
その前に、どこで突っ込まれるかを読め」
「……はい」
厳しい。けれど、さっきの商談を思い返すと、言っている意味はわかる。
わたしは資料を出しただけで、穂積先輩が場を繋いだから事故らずに済んだのだ。
きっと自分一人なら、あんなふうにうまくはいかない。
「次は、自分で一回組み立ててから来い」
「……わかりました」
返事をしたところで、定食が運ばれてきた。
焼きたての魚と、小鉢、味噌汁。シンプルだけど、湯気の立つ白いご飯に、なぜかほっとする。
「……美味しい」
「だろ」
自分の手柄みたいな言い方に、つい笑いそうになるのをぐっと堪えた。
しばらく無言で箸を動かす。
さっきまであれだけ頭がいっぱいだったのに、食べている間だけは、少しだけ考える余裕が戻ってくる。
「……営業って、思っていたのと違う仕事でした」
ぽつりと漏れた言葉に、自分でも驚く。
穂積先輩が箸を止める。
「どう違う」
「もっと押したり、会話でうまく丸めるようなイメージがありました。話が上手い人が有利な……」
「間違ってはないな」
「でも、さっきの先輩は……」
うまく言葉にできなくて、少し考える。
「相手が気づいてない問題を、先に見つけてる感じでした」
穂積先輩は、当然だと言わんばかりの顔をした。
「それが仕事だ。相手が何に困ってるかわかってないと、どれだけ喋っても通らない」
「……はい」
「それと、簡単にわかった気になるな」
「え?」
「一回見ただけで理解したと思うなら、次で外す」
「……肝に銘じます」
それで会話は終わった。
でも、不思議と気まずさはなかった。
食事を終えて席を立ち、レジに向かう。
財布を取り出したときには、もう会計は終わっていた。
「……あの、いくらでしたか」
「いや、いい」
「よくないです。自分の分は払います」
「新人と飯食うときは、最初の一回だけ奢るって決めてる」
「なんですか、そのルール。あの……じゃあ次回はわたしが払いますね」
「まあ、次があればな」
「え?」
何気ない調子で、穂積先輩が言う。
「営業が合わなくてやめてくやつ、多いから」
一瞬意味がわからなかったけれど、すぐに理解して、ちょっとだけカチンとくる。
「……まだ何の仕事もしてないのに、やめないですよ」
睨むように言い返すと、穂積先輩はほんの少しだけ口元を緩めた。
「そうか」
それだけ言って、駅に向かって歩いて行く。
その声が、さっきまでの厳しい先輩のものより、ほんの少しだけ柔らかく聞こえた。
まっすぐ歩く後ろ姿を見ながら、悔しさとも憧れともつかない感情が、はっきり形を持って残った。
悔しいだけなら、たぶんこんなに目で追わない。
憧れだけなら、きっとこんなに腹は立たない。
そのどちらともつかない感情を抱えたまま、わたしは穂積先輩の背中を追った。
……少しも距離を詰められないまま。
「え?」
「答え合わせみたいな出し方はやめろ」
「答え合わせ……?」
「相手の質問に合わせて正解を出すだけなら、後出しじゃんけんと同じだ。
その前に、どこで突っ込まれるかを読め」
「……はい」
厳しい。けれど、さっきの商談を思い返すと、言っている意味はわかる。
わたしは資料を出しただけで、穂積先輩が場を繋いだから事故らずに済んだのだ。
きっと自分一人なら、あんなふうにうまくはいかない。
「次は、自分で一回組み立ててから来い」
「……わかりました」
返事をしたところで、定食が運ばれてきた。
焼きたての魚と、小鉢、味噌汁。シンプルだけど、湯気の立つ白いご飯に、なぜかほっとする。
「……美味しい」
「だろ」
自分の手柄みたいな言い方に、つい笑いそうになるのをぐっと堪えた。
しばらく無言で箸を動かす。
さっきまであれだけ頭がいっぱいだったのに、食べている間だけは、少しだけ考える余裕が戻ってくる。
「……営業って、思っていたのと違う仕事でした」
ぽつりと漏れた言葉に、自分でも驚く。
穂積先輩が箸を止める。
「どう違う」
「もっと押したり、会話でうまく丸めるようなイメージがありました。話が上手い人が有利な……」
「間違ってはないな」
「でも、さっきの先輩は……」
うまく言葉にできなくて、少し考える。
「相手が気づいてない問題を、先に見つけてる感じでした」
穂積先輩は、当然だと言わんばかりの顔をした。
「それが仕事だ。相手が何に困ってるかわかってないと、どれだけ喋っても通らない」
「……はい」
「それと、簡単にわかった気になるな」
「え?」
「一回見ただけで理解したと思うなら、次で外す」
「……肝に銘じます」
それで会話は終わった。
でも、不思議と気まずさはなかった。
食事を終えて席を立ち、レジに向かう。
財布を取り出したときには、もう会計は終わっていた。
「……あの、いくらでしたか」
「いや、いい」
「よくないです。自分の分は払います」
「新人と飯食うときは、最初の一回だけ奢るって決めてる」
「なんですか、そのルール。あの……じゃあ次回はわたしが払いますね」
「まあ、次があればな」
「え?」
何気ない調子で、穂積先輩が言う。
「営業が合わなくてやめてくやつ、多いから」
一瞬意味がわからなかったけれど、すぐに理解して、ちょっとだけカチンとくる。
「……まだ何の仕事もしてないのに、やめないですよ」
睨むように言い返すと、穂積先輩はほんの少しだけ口元を緩めた。
「そうか」
それだけ言って、駅に向かって歩いて行く。
その声が、さっきまでの厳しい先輩のものより、ほんの少しだけ柔らかく聞こえた。
まっすぐ歩く後ろ姿を見ながら、悔しさとも憧れともつかない感情が、はっきり形を持って残った。
悔しいだけなら、たぶんこんなに目で追わない。
憧れだけなら、きっとこんなに腹は立たない。
そのどちらともつかない感情を抱えたまま、わたしは穂積先輩の背中を追った。
……少しも距離を詰められないまま。