営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
第三話 意外、だけど予想通り
 穂積先輩の下について、一ヶ月。
 予想以上に身体がきつい。
 営業がこんなにも体力を使う仕事だとは思っていなかった。
 朝から晩まで都内を移動し、五件以上アポが入っている日もある。
 夕方を過ぎる頃には足が痛くて泣きそうだった。それでも穂積先輩の前では、絶対に顔に出したくない。
 
「それにしても……覚えることが多すぎる」

 二週間後には、営業部のロープレ審査が控えている。
 想定クライアントに対してヒアリングを行い、その場で簡単な提案まで組み立てる実践形式のテストだ。

 穂積先輩の下についている以上、中途半端な内容では通らないのはわかっている。集中して資料を読み込みながら、口の中でぶつぶつ唱えていると、デスクの上に人影が落ちた。

「……頑張ってるのね」

 声を掛けられて顔を上げると、そこにいたのは、見覚えのない女性だった。
 ゆるく巻かれた肩までの髪、無駄のないスーツの着こなし。柔らかい雰囲気なのにどこか隙がない。

「穂積くんの下についた子だよね?」
「あ……はい」

 名前を言うより先に頷いてしまう。

「大変でしょ。彼の下は」

 くすっと笑うその表情は気さくで、話しやすい空気をまとっている。
 わたしは立ち上がり、丁寧に頭を下げた。

「営業部に配属された、鮎川です。よろしくお願いします」
「鮎川さんっていうのね。蝦名(えびな)です。私は第二営業部なの」

 ……だから初めて顔を合わせるのか。
 第二営業部はフロアが違うし、今のところ交流も特にはない。
 
「ときどき穂積くんとチームを組むこともあるから、よろしくね。
 あの人、説明足りないこと多いでしょ。ついていけそう?」
「……正直、あまり自信はありません。でも、ついていけるように頑張ります」
「困ったら聞いて。彼、悪気なく人を谷底に落とすから」

 ……かなり親しい間柄なんだろうか。
 こんなふうに近い距離で穂積先輩を語るのを見るのは、紬の榊さん以来だ。

「……ありがとうございます」

 お礼を言いながらも、なぜか気持ちが落ち着かない自分に気づく。
 だけど、その理由が分からず無意識に胸元を押さえた。
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