営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
 ◇

 ミーティングルームのドアを閉めた瞬間、空気が少しだけ重くなる。
 向かいに座る穂積先輩は、資料を一切見ずに腕を組んだ。

「じゃあ始めろ。想定は食品メーカー。新商品のプロモーション相談だ」
「……はい」

 軽く息を吸って、頭の中で組み立てた流れをなぞる。

「本日はお時間いただきありがとうございます。まずは今回の施策で重視されているポイントについて、お伺いしてもよろしいでしょうか」

 穂積先輩は何も言わない。ただ、わずかに顎を引いて先を促す。

「御社としては、認知拡大と同時に、来場者の満足度も重視されていると資料で拝見しました。そこで今回は──」
「一回止めろ」

 遮られて、言葉が止まった。

「……はい」
「それ、相手は困らないけど、助かりもしないな」

 静かに言われて、思考が一瞬止まる。

「え……?」
「認知拡大も満足度も、どの会社も言う。そこをなぞっても意味ない」

 否定されているのに、声は淡々としている。

「……じゃあ、何を聞けば」
「相手が言ってないことだ」
「言ってないこと……」
 
 この一ヶ月の間で、だんだんとわかってきた。
 この人は、要点のみを簡潔にしか言わないし、こちらにも同じ精度を要求する。
 だから、この短いアドバイスに込められた意図を読む必要がある。

「もう一回」
「……はい」

 さっきの流れを頭の中で崩す。
 どこが浅かったのかを探しながら、言葉を組み直した。

「前回の施策で、社内評価に繋がらなかった要因について、どのように分析されていますか」

 言いながら、これで合っているのか確信はなかった。
 数秒、沈黙が落ちる。

「……まあ、さっきよりはマシだな」

 ぽつりと落ちた一言に、「え?」と聞き返した。

「ヒアリング自体は悪くない。ただ、まだ浅い」

 褒められているのか、指摘されているのか、判断がつかない。

「浅いというのは、どの辺りがですか」
「その質問だと、向こうが問題を整理できてない場合に止まる」

 穂積先輩は少しだけ視線を上げる。

「なぜ通らなかったかじゃなくて、何を説明できなかったかまで落とせ」

 その一言で、頭の中が繋がった。
 着目すべきは、施策そのものの良し悪しじゃない。
 役員に対して、何を成果として説明できなかったのか。その穴を見つける必要がある。

 そこまで言語化させれば、きっと次に繋がる。

「わかりました」

 頷きながら、さっきよりも少しだけ前に進めた感覚があった。
 穂積先輩は腕時計を確認してから指示を出す。

「次で終わりにする。初めから」

 ロープレが終了したのは、それから十五分ほど経ってからだった。

「……以上です」
「うん」

 穂積先輩は短く頷くだけで、しばらく何も言わない。
 その沈黙が長くて、背中にじとりと汗をかいた。
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