営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
「全体としては、悪くない」

 意外な言葉に、思わず息を止めた。

「ただ、そのまま出したら通らない」
「……はい」
「なんで通らないか、わかるか」

 わからない。それがわかっているなら、最後までもっといいプレゼンができたはずだ。
 だけど必死に頭を絞り、思い浮かんだ言葉を伝える。

「……具体性が、足りないからですか」
「それもある」

 穂積先輩は顎に手を当て、少し考える顔をして続ける。

「お前の話は、全部『正しい』で終わってる」
「……正しい、ですか」
「間違ってない。でも、それだけだと選ばれない」

 淡々としているのに、逃げ場がない。

「正しさだけじゃ、相手がうちに依頼したいと思う理由にならない」

 ……悔しい。でも、言われていることはわかる。
 穂積先輩の営業は、何かを売ろうとしていないのに、思わず引き込まれる説得力が必ずある。あれを自分で掴まないと、きっとだめなんだ。

「……もう一回、組み直します」
「テストは再来週だよな? なら、ここからいくらでも改善できる」
「はい……」

 フィードバックを含めても、一時間も経っていない。
 なのに、何時間も働いたように脳がへとへとだった。
 デスクに戻って、資料を開き、さっき言われたことを思い返しながら、メモを書き直す。

 正しいだけじゃ足りない。
 選ばれる理由を作る。
 頭の中で何度も繰り返していると、不意に影が差した。

「そこ、違う」
「え?」

 顔を上げると、穂積先輩がいつの間にか隣に立っていた。
 手元の資料に視線を落としたまま、ペン先で一点を軽く叩く。

「この書き方だと、向こうの課題がぼやける」
「……あ」

 指摘された箇所を見直して、すぐに気づく。
 さっき自分で考えたつもりの整理が、また表面だけになっている。

「『誰に説明できないのか』まで落とせ。役員か、現場かで話は変わる」
「……はい」

 頷くと、穂積先輩はそれ以上何も言わず、そのままあっさりと離れていく。

「……あの」

 無意識に、呼び止める声が口からこぼれた。
 足を止めた背中に、言葉を探す。

「……ありがとうございます」
「結果で返してくれ」

 穂積先輩は、ぶっきらぼうに短く返す。

 ……感じが悪いのは、相変わらずだ。

 でも、ただ冷たいだけの人じゃないのかもしれない。
< 28 / 101 >

この作品をシェア

pagetop