営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
 ◇

 午後の光が差し込む商業施設のエントランスは、平日にもかかわらず人の流れが絶えなかった。

「……想像より導線が取りやすいな」

 穂積先輩が、吹き抜けの構造を見上げながら呟く。

 今日は、来週提案予定のイベント会場の下見だ。
 図面だけでは掴みきれない動線や視界の抜けを確認するために、実際に足を運ぶことになった。

「メイン導線はあっちですね。あのエスカレーターに人が集中してます」
「だな。……となると、最初の導入は分散させた方がいい」

 隣に並びながら、同じ方向を見る。
 資料で見ていたものが、実際の空間と重なっていく感覚に、少しだけ手応えを感じていた。

「……穂積くん?」

 すれ違った女性に急に声を掛けられ、穂積先輩が立ち止まった。釣られてわたしも足を止める。
 振り返ると、そこにはスーツ姿の男女の二人組が立っている。

「……久しぶりだな」

 男性がそう言いながら、一歩、こちらに寄ってきた。
 年齢は穂積先輩と同じくらいか、少し上だろうか。
 仕立てのいいスーツにピカピカの革靴。醸し出す雰囲気が、どことなく穂積先輩に似ているようにも感じる。

「……穂積がこんなとこにいるとは思わなかった」

 何気ない口調なのに、どこか棘があった。

「……仕事なんで」

 穂積先輩は、いつもより低くて温度のない声で言った。漏れ伝わる緊張した空気に、どう反応していいかわからず、思わず息を呑む。

「仕事、ね」

 男性がくすっと笑ったそのとき、隣に立っていた女性が穂積先輩に声を掛けた。

「……元気だった?」

 すっきりとしたネイビーのスーツに、無駄のないまとめ髪。
 きれいな人、という言葉が一番しっくりくる。派手ではないのに、自然と目を惹かれる。
 けれどそんな彼女に対しても、穂積先輩は何の反応も示さず、素っ気ない態度を崩さない。

「まあ、それなりに」
「連絡がつかないから、心配してたのよ」

 その言葉にも軽く肩を竦めるだけで、場に沈黙が落ちる。鼻白んだ顔で、男性が薄く笑った。
 
「穂積がうちを辞めたときは、正直もったいないと思ったけど、まだこの業界に残ってたんだな」
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