営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
「何の話ですか?」
「とぼけないでください。浦沢さんが提案したあの動線も、演出も……元は全部、わたしが組んだものだった」

 一瞬だけ、浦沢さんの目が揺れた。
 絶対に見間違いじゃない。
 拳を握りしめ、もう一度尋ねようと口を開きかけたとき、彼女は何事もなかったように口角を上げた。

「それ、証拠はあるんですか?」

 あるわけがない。
 浦沢さんの顔には、はっきりとそう書いてあった。

 いつの間にか消えたスライドの修正履歴と、データのログが頭を過る。
 けれど、もしそれがあっても決定打にならないことを、同時に理解していた。

「……ないですよね?」

 言い返す言葉を咄嗟に飲み込んだ。明確な証拠がない以上、何を伝えても言いがかりになってしまう。
 反論できないわたしをおかしそうに見て、浦沢さんは言った。

「あのときだって、あなたを庇う人が一人でもいました?」

 脳裏に、あの会議室の光景がいまも張り付いている。
 長机を挟んで、誰も口を開かなかった時間。
 証拠がない以上は庇えない。そう言われなくても、誰の顔にも同じことが書いてあった。

 その中には、かつてわたしの隣にいた人もいた。
 目が合ったのに、彼はすぐに視線を逸らした。
 別れたあとだから仕方ない。そう思おうとした。
 けれど、わたしの企画だと知っていたはずの人にまで黙られたことが、いちばん堪えた。

「もう終わった話なんです。鮎川さんは営業に行く。わたしは企画に残る。それだけですよ」
「勝手に終わらせないで……!」

 自分で思っていたよりも大きな声が出た。
 周囲のキーボードを叩く音が、一瞬だけ途切れ、何人かの視線がこちらに向いた。
 しまった、と思ったときにはもう遅い。

「……あーあ。また噂になっちゃいますね」

 浦沢さんは困ったように首を傾げて、一歩距離を取る。

「感情で動くと、損するって前にも言いませんでしたっけ?
 ……じゃあ、新天地で頑張ってくださいね。応援してますから」

 わざとらしいほど柔らかい声で、彼女は笑った。
 遠ざかっていく背中を見つめながら、握りしめた拳に力がこもる。
 爪が食い込む感覚だけが、やけにはっきりと残った。

「あり得ない……」

 こぼれた声は、小さすぎて誰にも届かない。
 それでも、俯くのだけはいやだった。

 営業に飛ばされたから終わりだなんて、絶対に認めたくない。
 だったらあの企画以上の結果を、自分の手で出してみせる。

 数字で証明する。
 この会社にとって、必要な人間だと認めさせる。

 ……その上で、この悔しさを全部、取り返す。
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