営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
 ◇

 決意したものの、頭が冷えてみると、いきなり重い現実がのしかかる。
 一体どうやったら営業で結果を示せるのか、自信のなさに目の前が暗くなりそうだった。

 帰り道、わたしは重い足取りで「(つむぎ)」に向かった。
 このまま家に帰ったら、昼間のことを何度も思い返してしまいそうだから。
 お酒は強くない。それでも今日は、少しだけ酔いたかった。

 駅前の明るさを抜けて裏通りに入ると、白い暖簾が春の夜風に揺れていた。
 逃げ込むように引き戸を開けると、出汁の香りが鼻を掠める。
 いつもならそれだけで少し楽になるのに、今日はうまく息が抜けなかった。

 カウンターの端っこに力なく腰掛けると、急に疲れが押し寄せる。

「生、ひとつください……」
「どうした、美月ちゃん。顔が暗いけど」

 店主の(さかき)さんに差し出されたおしぼりで手を拭く。タオル地から立ち上るじんわりとした湯気が、少しだけ気持ちを落ち着かせる。

「……急に異動になったんです。営業部に……」
「それは大変そうだね。……はい、どうぞ」

 カウンター越しにビアグラスを受け取り、一息に半分ほど飲む。

「たまってるねえ」
「だって営業なんてやったことないし……」

 顔に手を当て、深く息を吐く。

「正直、どうすればいいのかもわからなくて」

 会社で誰にも吐き出せなかった気持ちを、一気に降ろす。
 それだけで、少しだけ肩の力が抜けた。

「……それなら、経験者にアドバイス聞く?」
「へ?」
「ちょうどいま、そこにいるから。営業一筋の男が」
「ええっ? いえ、大丈夫です」

 いくらなんでも、見ず知らずの人にいきなり仕事の愚痴なんて吐けない。

「遠慮しなくていいよ。おい、タクマ。席こっちに移動できる?」

 タクマと呼ばれた男性は、コの字型のカウンターの反対側に座っていたようで、「は? なんで俺?」と、面倒くさそうな声が、こちらに飛んできた。

「困ってるみたいだから、ちょっと相談に乗ってやってよ」
「あの、榊さん。本当にわたし……」

 大丈夫ですから。そう言いかけたときだった。

「お前は俺をなんだと思ってるんだ」

 こちら側に移動してきたその男性は、思っていたよりも背が高かった。
 第一印象は、肩幅が広くてスーツが妙に似合う人。
 ネクタイを外してシャツのボタンを一つ開けているのに、不思議とだらしなく見えない。

「……で、何を困ってるって?」

 わたしの隣に腰掛けるなり、その人は言った。
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