営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
「……これ、さっきの女性に頼まれました。穂積先輩に渡して欲しいって。あの、わたしが踏み込んでいい話じゃないことは理解しているんですが、渡されてしまったので……」
「いや、いい」
「え?」
「音羽にも伝えた通り、受け取る気はないから、お前が捨てといて」
「ええっ」
捨ててもいいと確かに言われたけれど、わたしが捨てるとなると話は別だ。
「さすがにそれはちょっと……」
「じゃあ、榊に捨てさせるか」
「いや、それもどうかと……あの、榊さんって先輩とすごく仲がいいんですね」
「ああ、高校からの付き合いだからな」
「なるほど……」
だからといって、他人の名刺を勝手に捨てさせる相手に選んでいいわけではないだろう。
渡すことも、引っ込めることもできないでいると、結局無言で先輩はその名刺をジャケットのポケットにさっと収めた。
「……変なとこを見せて悪い」
「いえ……」
意外なほど素直に謝られてしまい、却って恐縮した。
それは初めて見る穂積先輩の顔で、音羽さんは、この人にこんな顔をさせる相手なんだと思った。
あんな大手にいる人だ。きっと仕事もすごくできるのだろう。
……それに、きれいな人だった。
穂積先輩の隣に並んだら、きっとすごくお似合いなんじゃないだろうか。
胸の内側におかしなもやもやを感じて、そっと左手で押さえた。
ふと顔を上げると、穂積先輩と目が合った。
だけどほんの一瞬で、すぐに逸らされる。
「……この前のロープレ」
ぽつりと、穂積先輩が言った。
「最初に比べれば、だいぶマシになったな」
「ありがとうございます」
「ただ、あのまま出したら通らないのは変わらない」
「……はい」
「テストに受かったら、独り立ちだな」
「うぅ……はい。自信はないですが……」
最近は誰かに独り立ちと言われるだけで、胃の奥が重くなる。
「最初に会ったときも言ったけど」
「はい……」
「必要なのは慣れだ。最初から結果を出そうと気張るより、回数をこなして自分のやり方を見つけていけばいい」
「……はい」
それ以上、うまく返せなかった。
「まあ、あまりに売れないようなら、もう一回つくね喰わせるけど」
「嫌がらせじゃないですか」
そう言いながら、思わず笑ってしまった。
穂積先輩は黙ってグラスを傾け、それ以上その話には触れなかった。
さっき感じたもやもやは、いつの間にか薄れていた。
距離はあるのに、無関心ではない。
それが、なぜか少しだけ嬉しかった。
「いや、いい」
「え?」
「音羽にも伝えた通り、受け取る気はないから、お前が捨てといて」
「ええっ」
捨ててもいいと確かに言われたけれど、わたしが捨てるとなると話は別だ。
「さすがにそれはちょっと……」
「じゃあ、榊に捨てさせるか」
「いや、それもどうかと……あの、榊さんって先輩とすごく仲がいいんですね」
「ああ、高校からの付き合いだからな」
「なるほど……」
だからといって、他人の名刺を勝手に捨てさせる相手に選んでいいわけではないだろう。
渡すことも、引っ込めることもできないでいると、結局無言で先輩はその名刺をジャケットのポケットにさっと収めた。
「……変なとこを見せて悪い」
「いえ……」
意外なほど素直に謝られてしまい、却って恐縮した。
それは初めて見る穂積先輩の顔で、音羽さんは、この人にこんな顔をさせる相手なんだと思った。
あんな大手にいる人だ。きっと仕事もすごくできるのだろう。
……それに、きれいな人だった。
穂積先輩の隣に並んだら、きっとすごくお似合いなんじゃないだろうか。
胸の内側におかしなもやもやを感じて、そっと左手で押さえた。
ふと顔を上げると、穂積先輩と目が合った。
だけどほんの一瞬で、すぐに逸らされる。
「……この前のロープレ」
ぽつりと、穂積先輩が言った。
「最初に比べれば、だいぶマシになったな」
「ありがとうございます」
「ただ、あのまま出したら通らないのは変わらない」
「……はい」
「テストに受かったら、独り立ちだな」
「うぅ……はい。自信はないですが……」
最近は誰かに独り立ちと言われるだけで、胃の奥が重くなる。
「最初に会ったときも言ったけど」
「はい……」
「必要なのは慣れだ。最初から結果を出そうと気張るより、回数をこなして自分のやり方を見つけていけばいい」
「……はい」
それ以上、うまく返せなかった。
「まあ、あまりに売れないようなら、もう一回つくね喰わせるけど」
「嫌がらせじゃないですか」
そう言いながら、思わず笑ってしまった。
穂積先輩は黙ってグラスを傾け、それ以上その話には触れなかった。
さっき感じたもやもやは、いつの間にか薄れていた。
距離はあるのに、無関心ではない。
それが、なぜか少しだけ嬉しかった。