営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
第四話 自覚と無自覚
「鮎川、今週の金曜の予定は?」

 ロープレ審査を翌週に控えた水曜の夜。終業間際に日報を書いていると、穂積先輩に声を掛けられた。彼のデスクは、間に凜を挟んだ二つ隣だ。

「……予定ですか? いえ、特にはありません。内勤の予定でした」
「土曜は? 外せない用事は何かあるか?」
「ないですけど……」

 穂積先輩はモニターから視線を外さないまま続ける。

「イベントプロモーションの企業展が大阪である。現地確認とクライアントの打ち合わせに俺が行くから、お前も来い。上の承認は取ってある」
「……出張、ですか?」
「そうだ。悪いが宿泊になるから、土曜の代休はどこかでとってくれ」

 企業展というのは、メーカー各社が新商品をPRする大規模イベントだ。
 企画部にいた頃、東京で開催されるものには何度か足を運んだことがあるが、大阪の現場に入るのは初めてだった。

 反射的に「はい」と返しながら、指先にじわりと汗が滲む。
 企画部の頃には、遠方への出張は一度もなかった。
 しかも、穂積先輩と二人。一瞬たりとも気の抜けなさそうな気配に、出掛ける前から緊張してしまう。
 
「夏野、鮎川に出張申請の手続きを教えてやってくれ」
「もちろんです。美月、メールに申請書を送るから、確認してね」
「あ、はい」
「俺からも、イベントの詳細をあとで送る。しっかり読み込んで頭に入れておけ」
「了解です」

 今回のクライアントは、日用品を扱う大手メーカーで、新商品の認知を広げるためにこの企業展へ出展している。
 来場者の多くは一般客だが、バイヤーや関係者も混ざるため、現場での印象がそのまま評価に繋がる。

 凜に教わりながら申請を終え、席に戻ると、すぐに受信ボックスに新着が届いた。差出人は、穂積先輩だ。
 メールをクリックして開いた瞬間、思わず息を止めた。
 添付ファイルは一つじゃない。
 レイアウト図、進行表、クライアント情報、過去実績まで揃えられていた。
< 34 / 101 >

この作品をシェア

pagetop