営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
 近くにいたスタッフが、反射的に足を止めて振り返る。

「導線、ここで一回切れてますね」

 横から、急に声を掛けられた。
 振り向くと、スーツ姿の男性がこちらを見ている。名札を見る限り、クライアント側の現場責任者だろうか。

「このままだと、混雑しません?」

 言い方は穏やかだが、どこか試されているような雰囲気だった。
 返事を探すけれど、うまい言葉が見つからない。

 頭の中には、資料で見た導線の要点がある。
 けれど、それをどう切り出すべきか一瞬で形にできない。

「あの、それは──」

 穂積先輩ならどう話すだろうか? そんなことを思い浮かべたせいで、余計に言葉に詰まる。
 こちらの雰囲気を読んだのか、男性は訝しげにわたしを見た。

「新人さんですか?」

 そうです、とは言えない。だからといって、今さら違いますと言っても、信じてもらえそうにない。とにかく思い浮かんだ提案を伝えてみよう。そう口を開きかけたときだった。

「それは私が判断します」

 低い声が、間に入る。
 振り向くよりも早く隣に立つ気配があった。

「現時点では意図的に流れを絞っています。ピーク時の分散を確認するためです」
「そうなんですか?」
「ええ。混雑が顕在化するようなら、ここの什器を半分下げて対応します。準備も済んでいますのでご安心ください」

 一切迷うことのない、力強い話し方。押し込まず、それでも主導権を渡さない。
 穂積先輩の説明をすべて聞いたあと、相手は小さく頷いた。

「……わかりました。その対応でよろしくお願いします」
「かしこまりました」

 クライアントが離れていくのを見送ってから、ようやく息を吐く。
 けれど、すぐに空気を察して穂積先輩に頭を下げた。

「かばって頂いて、申し訳ありませんでした」

 顔を上げると、いつもの不機嫌な先輩がそこにいる。

「さっきのやりとりを見てたけど、あれくらい、自分で答えられただろ」
「…………っ」

 最初から見られていたことに、まったく気づかなかった。

「資料に書いてあった内容だ。丸ごとじゃなくていい、要点だけでも言えたはずだ」
「……はい」
「詰まった時点で遅い。俺たちの仕事は、信頼の積み重ねでできてる」
「はい。肝に銘じます」

 ……穂積先輩がどれだけの準備を日々こなしているか、ずっと見てきたから、余計に耳に刺さる。
 あれは何かを売るためじゃなくて、信頼を得るためにしていることなんだ。なんで今までそのことに気がつかなかったんだろう。

「わかったなら次へ行く」
「はい」

 穂積先輩はもう次の動線へ向かっていた。
 その広い背中を見ながら、わたしはそっと拳を握る。
 かばってもらったとき、守られて少しほっとしてしまった自分を、ひどく情けなく思った。
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