営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
 対応にあぐねている間にも、目の前では、商品に興味を持った人が、そのまま流れていってしまう。
 パンフレットを手に取り、頭の中で段取りを考える。だけど、それを勝手にやっていいのかわからず、穂積先輩の姿をつい探してしまう。

「気になるなら、自分で対応したらいいんじゃないですか」
「え?」
「失敗しても、俺の担当じゃないから見て見ぬふりもできますし」

 ……スタンスとして間違っているわけではないんだろうけど、この人の仕事のやり方は受け入れられない。そう思うと決意が固まった。
 
 確かにわたしも、担当じゃない。でも、ここで何もしないのは違う。

「……じゃあ、少しだけ動いてもいいですか」

 服部さんの答えを待たずに、ブースの前に立つ。
 まずは、手に取った人の動きを観察した。
 彼らは商品を見て、パネルをちらっと見て、でもそのまま次のブースへ移動してしまう。
 ……理由は簡単だ。『試す理由』が、弱い。

「すみません、商品について聞いてもいいでしょうか?」

 近くにいた女性スタッフに声を掛ける。
 ブースの中央には、黒ずんだコンロの模型と白いクロスが並べられていた。
 水を含ませるだけで汚れが落ちる、多機能クリーナーの実演スペースだ。

「この商品、どんな方に一番使ってほしいですか?」
「えっと……忙しい方、とかですかね」
「でしたら、『忙しい方向け』って来場者に必ず伝えてもらってもいいですか」

 スタッフが戸惑いながらも頷く。

「あと、実際に触ってもらう前に、『水だけでここまで落ちます』って、一番変わるポイントだけ先に伝えてください。全部説明しなくていいので」

 実演の見せ方を変えるように、スタッフの立ち位置を通路の真正面から半歩だけ内側へずらす。
 足を止めやすい位置に。

「……あの、これで何か変わるんですか?」
「わかりません。でも、とりあえずやってみませんか」

 訝しげなスタッフに、そう言った直後だった。

「あの、これってどういう商品ですか?」

 さっきまで素通りしていた来場者から、質問が上がった。
 
「えっと、忙しい方向けで……あの、一番変わるのが──」

 声を掛けられたのがアルバイトらしきスタッフだったせいか、説明がぎこちない。けれど、徐々に来場者が足を止める流れが生まれ始めた。
 そのまま商品を手に取り、少しだけ話を聞いて、頷く。
 それに続く人が、一人、また一人と増えていく。
 完全じゃない。
 それでも、人の流れは確かに変わり始めていた。
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