営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
無意識に呼吸を止めて、近くの柱の影に身を寄せる。
こちらからは見えるが、向こうからは死角になる位置。けれど、声ははっきりと届く距離だった。
「鮎川さんが、わたしのことを悪く言ってるって聞いたんです。だからあの会議のときも、穂積さんはわたしのプランを否定したんじゃないですか?」
「……誰からそう聞いた」
「それは……言えません。でも、ずっと前から鮎川さんには一方的に恨まれてて」
その言葉に、心の奥を踏み潰されたような錯覚を覚えた。
思わず、反論しようと身体が前に出かかったけれど、その前に穂積先輩の鋭い声が聞こえてきた。
「鮎川に?」
どうしよう。この人に誤解されるのは絶対に嫌だ。
「そうです。わたしに企画を奪われたって言いがかりをつけられて。でも、わたし、そんなことしてません!
上も彼女を信じてないから、鮎川さんは営業に回されたんです。……正直、すごく迷惑してて」
息が詰まる。なぜこんな言いがかりに耐えなくてはいけないんだろうか。
言い返したい衝動が込み上げる。
今すぐ飛び出して否定したい。
だけど……ここで出ていったら、余計にこじれる。それに、そんなみっともないやりとりを、穂積先輩の前でしたくない。
そう思ってしまった瞬間、足が動かなくなった。
拳を握りしめたまま、ただ、聞くことしかできない。
「……大人しそうに見えて、結構強かなんですよ、あの人」
それまで静かに話を聞いていた穂積先輩が、そのとき、重いため息をついた。まるでその場の重力を変えるような雰囲気に、浦沢さんがはっとした顔で黙る。
「まず、誤解を解く」
「誤解って……」
低い声が、彼女の言葉を遮るように落ちる。
「鮎川からあんたの名前を聞いたことは、一度もない」
「……え?」
「だから今の話は、俺とあいつに対する言いがかりだ」
迷いのない言い切りだった。
「会議での指摘を恨んでるようだが、あれは俺の判断だ。鮎川の感情は一切入っていないし、間違った発言をしたとも思っていない」
淡々としているのに、言葉の一つひとつが重い。
「それから、あのプランは──発案は悪くなかった。ただ、詰めが甘い。だから指摘した。それだけだ」
反論の余地を与えない、静かな圧。
浦沢さんは一瞬言葉を失ったあと、悔しそうに唇を噛んだ。
「……それでも、鮎川さんがわたしに、企画を盗まれたって言いがかりをつけてきたことは事実ですから。
あまり彼女を信用しない方がいいと思いますよ」
穂積先輩は感情の読めない顔で彼女を見ている。
その視線には、相手を試すような揺らぎが一切なかった。
こちらからは見えるが、向こうからは死角になる位置。けれど、声ははっきりと届く距離だった。
「鮎川さんが、わたしのことを悪く言ってるって聞いたんです。だからあの会議のときも、穂積さんはわたしのプランを否定したんじゃないですか?」
「……誰からそう聞いた」
「それは……言えません。でも、ずっと前から鮎川さんには一方的に恨まれてて」
その言葉に、心の奥を踏み潰されたような錯覚を覚えた。
思わず、反論しようと身体が前に出かかったけれど、その前に穂積先輩の鋭い声が聞こえてきた。
「鮎川に?」
どうしよう。この人に誤解されるのは絶対に嫌だ。
「そうです。わたしに企画を奪われたって言いがかりをつけられて。でも、わたし、そんなことしてません!
上も彼女を信じてないから、鮎川さんは営業に回されたんです。……正直、すごく迷惑してて」
息が詰まる。なぜこんな言いがかりに耐えなくてはいけないんだろうか。
言い返したい衝動が込み上げる。
今すぐ飛び出して否定したい。
だけど……ここで出ていったら、余計にこじれる。それに、そんなみっともないやりとりを、穂積先輩の前でしたくない。
そう思ってしまった瞬間、足が動かなくなった。
拳を握りしめたまま、ただ、聞くことしかできない。
「……大人しそうに見えて、結構強かなんですよ、あの人」
それまで静かに話を聞いていた穂積先輩が、そのとき、重いため息をついた。まるでその場の重力を変えるような雰囲気に、浦沢さんがはっとした顔で黙る。
「まず、誤解を解く」
「誤解って……」
低い声が、彼女の言葉を遮るように落ちる。
「鮎川からあんたの名前を聞いたことは、一度もない」
「……え?」
「だから今の話は、俺とあいつに対する言いがかりだ」
迷いのない言い切りだった。
「会議での指摘を恨んでるようだが、あれは俺の判断だ。鮎川の感情は一切入っていないし、間違った発言をしたとも思っていない」
淡々としているのに、言葉の一つひとつが重い。
「それから、あのプランは──発案は悪くなかった。ただ、詰めが甘い。だから指摘した。それだけだ」
反論の余地を与えない、静かな圧。
浦沢さんは一瞬言葉を失ったあと、悔しそうに唇を噛んだ。
「……それでも、鮎川さんがわたしに、企画を盗まれたって言いがかりをつけてきたことは事実ですから。
あまり彼女を信用しない方がいいと思いますよ」
穂積先輩は感情の読めない顔で彼女を見ている。
その視線には、相手を試すような揺らぎが一切なかった。