営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
第五話 停滞と同時の進捗
 ロープレ審査に合格し、本格的に独り立ちが始まってから、しばらく経った。
 けれど今の仕事は、既存顧客の引き継ぎ案件ばかりだ。受注が取れても、それが自分の実力だとは思えなかった。
 そんな焦燥感を読み取られたのだろうか。外回りから戻ると、穂積先輩から声を掛けられた。

「鮎川、この案件、お前に任せてもいいか?」

 差し出されたのは、一通の資料だった。

「……わたしに? あのでも、この案件は先輩の担当じゃ……」
「そうだ。だが俺は別件を任されて対応ができない。それに、先方にも話は通してある」

 手元の資料に目を落とす。
 都内の大型ドラッグストアでの店頭施策。クライアントはルミエラ化粧品。口コミ人気の高いスキンケアブランドだった。
 資料に載っている導入美容液は、最近売り出されたばかりだ。

「直近のイベントの反応は悪くなかった。でもいまいち売上に繋がっていない。まずは店頭販売の改善を求められている」

 ページをめくると、前回の実績が数字で並んでいた。
 体験数は伸びている。けれど、購入率が低い。

「……この商品、サンプルをもらったことがあります。使うと違いがわかるんですよね」
「そうか」
「だったら……」

 頭の中で、アイデアが形になっていく。

「体験の質を上げれば、購入に繋がる可能性はあると思います」

 穂積先輩は一瞬だけこちらを見た。

「いいだろう。その前提で考えてみろ。提案は来週だ」
「はい」

 短く答えたものの、心の内側がじわりと熱を持つ。
 穂積先輩に、仕事を任された。
 その実感だけで、背筋が伸びる気がした。

 けれど、そんな密かな喜びを、続く一言が消し去ってしまう。

「……ああ、言い忘れたが、今回は第二営業部も入る」
「え?」
「同じクライアントに、別案を出す形だ。向こうの担当は蝦名がやるそうだ」

 その名前を聞いた瞬間、少しだけ緊張が走った。

「……第二営業部の、蝦名さんですか?」
「知ってるのか」
「挨拶をしたことがあるので……」
「そうか」

 ……先輩と仲の良い方ですよね?
 そう聞きたくなるのを、ぐっと堪える。
 穂積先輩はそれ以上説明せず、資料に視線を戻した。

「お前は、自分の仕事をすればいい」
「……はい」

 頷きながら、手元の資料をもう一度確認する。
 自分に何ができるのか、頭の中を必死に巡らせた。
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